その知られざる魅力 ①
この「カナダで出会った新渡戸稲造」ですが、バンクーバー新報に2017年6月から7回ほど掲載されました。その後新たな発見や、付け加えたいこと、そして少し直したいところなども多々見つかり、今回の新しいオンライン版バンクーバー新報に改めて投稿したく、よろしくお願いいたします。
☆ 新渡戸ガーデンの漢字「紀念」のすばらしさ
数年前に、ある「きっかけ」から新渡戸稲造にのめり込みました。日本に行ったときは、彼の生まれ故郷の盛岡まで足を延ばしたり、ゆかりのある伊豆・下田を訪れたりしました。そして2016年には台湾まで、新渡戸稲造の胸像にハグしに行ってきました。
ですから、当然UBCの大学構内にある新渡戸ガーデンには何度も足を運んでいます。庭園の入り口の前で何回も写真を撮りました。でもまったく気がつきませんでしたが、友人から入り口の看板の漢字について質問を受け、とても気になりました。「新渡戸紀念庭園」です。普通は「記念」と書きますが、「紀念」になっています。
早速いろいろ調べてみました。明治や昭和初期は「紀念」も「記念」も同じような意味として両方使っていたようです。でも昭和21年(1946年)の当用漢字設定のころから、文化庁の指導もあり、「記念」が一般的になって、「紀念」はほとんど使われなくなりました。確かに現在の大部分の辞書には「紀念」は載っておらず、世代にもよりますが、「紀念」は古風な感じがします。
今の新渡戸ガーデンは昭和35年(1960年)に完成しました。この時はすでに「記念」が一般的になっており、なぜわざわざ「紀念」の漢字を使ったのだろうか、という疑問が湧いてきました。台湾を訪れたときに、「國父紀念館」や「中正紀念堂」など見学しましたが、漢字はすべて「紀念」になっていました。案内してくれた日本語教師養成講座の卒業生いわく、漢字は両方ありますが、台湾ではほとんど「紀念」を使っているとのこと。さらにバンクーバーの中国出身の友人にも聞いたところ、何となく使い分けており、例えば、結婚紀念日などは「紀念」、でも単なる記念品などは「記念」と書き、間違いなく「紀念」のほうが、心や気持ちが入っている感じがするとのこと。 うーん、なるほど。大いに納得である。
新渡戸稲造について、いろいろ調べているうちに、こんな本が見つかりました。1898年、彼の最初の著書とされる『農業本論』の冒頭に「亡母の紀念に此の書を捧ぐ」と記してあり、「紀念」を使っています。なるほど、当時は日本でもちゃんと使い分けていたのでは、と感心しました。末っ子の稲造は母親の愛情を強く受けて育ちました。そして札幌農学校の学生のとき、母の死に目に会えなかったことが大きな後悔でした。そんな母への思いがこの「紀念」という漢字を使ったのでは、と思えてなりません。
そして、この庭園の設計者である森歓之助(1894年~1960年)もこのことを踏まえ、意識してこの「紀念」を使い、「新渡戸紀念庭園」としたのでは、こんな思いを強く募らせています。「紀念」素敵ですよね。中国や台湾ではこの「紀念」のほうが、主に使われており、日本でも昔は紀念館や紀念碑などに使っていたようです。でもなぜ、この漢字「紀念」を使わないようにしてしまったのか、日本語教師としてはとても残念です。
次回より、新渡戸稲造にのめり込んだ「きっかけ」や生い立ち、さらに台湾との関係や国際連盟での活躍など、その知られざる魅力に迫ります。
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