大使や総領事が公邸に客人を招いて催す食事会の料理を一手に引き受ける公邸料理人。在外公館は情報収集や人脈形成などの外交活動の拠点であり、公邸で政財官界などの有力者らを招待して会食の機会を設けることは、最も有効な外交手段の一つとされる。その大切な役割を担い、現在、羽鳥隆在バンクーバー日本国総領事の公邸料理人として活躍しているのが竹内えみさん。今回はその仕事や料理への思いを聞いた。
築地の氷屋で知った魚のすばらしさ
まず、料理人を目指したきっかけを教えてください。
母が料理好きで毎日いろいろ作ってくれましたし、私も小さいときから手伝いをして料理を教えてもらいました。料理が身近な環境で育ったことから、自然に料理人になりたいと思うようになりました。包丁も使えましたしね。食いしん坊でしたし、自然な流れだったように感じています。
お母さまも料理人だったのでしょうか。
料理人ではありませんでした。実家は自営業をしていて忙しかった中で、美味しい料理を作ってくれた母に感謝しています。
竹内さんが料理人になったとき、お母さまも喜んだのではないですか。
いいえ、その逆です。私が料理人になったのは20年以上前で、当時は調理場に女性はあまりいませんでした。だから猛反対されました。心配だったからか、2週間ほどは口も聞いてもくれませんでしたよ。
それでも竹内さんは料理がしたかった、そしてお母さまは娘のことが心配だったのでしょうね。確かに料理人の修行というと徒弟制度があり、「大変だ」というイメージがあります。苦労されたのではないかと思いますが、竹内さんはどのようにしてキャリアを積んできましたか?
幸い周囲の人に恵まれて、それほど苦労したとは思っていません。
私はずっと料理人でしたが最初から和食をしていたわけではありません。最初はイタリア料理の店で働いていましたし、洋食を作っていたこともあります。その後、縁があって築地市場内の氷屋にお世話になりました。和食が面白そうだなと興味を持ったのはその時です。
毎日、本当にたくさんのお魚を目にして、またお魚をいただいて帰ったこともありました。新鮮だったので刺身が一番美味しいなと思ったのですが、当時はお刺身の手順も分からず、それがきっかけで日本料理を勉強したいと思うようになりました。
カナダで公邸料理人に採用
公邸料理人は日本から派遣されるのが一般的ですが、竹内さんの場合カナダに来たのは公邸料理人としてではないと聞いています。
私は8年前にバンクーバーに来ました。カナダに来るのが主人の長年の夢で、私も一緒についてきました。主人もダウンタウンでシェフをしています。
どのような経緯で公邸料理人になったのでしょう。
私の場合は、岡井朝子前総領事の赴任中に採用になりました。知人から、岡井前総領事が公邸料理人を募集していると聞いて、短期間だけというお話だったので、させていただこうかなと思いました。
料理長の仕事はまだ経験したこともありませんでしたし、短期というのでなければやってみようという決心がついたか分かりません。
公邸料理人はたとえば1年契約といったような契約期間のようなものはあるのでしょうか。
契約期間は総領事や大使の任期の間で、2年から3年と言われています。私の場合は岡井前総領事の任期途中での採用だったこともあり、仕事を始めて約3~4カ月で岡井前総領事が離任されました。離任に際して、新たに赴任する現羽鳥隆総領事に推薦していただいて引き続きお世話になっています。
料理に携わることを全て担当する
仕事の内容について教えてください。
仕事には大きくわけて公用、私用の食事の準備の二つになります。公用は総領事公邸での会食やレセプションでの料理です。メニュー作りから買い出し、仕込み、調理、盛り付け、片づけまですべて行います。
一方、私用では総領事の食事、たまにプライベートの会食もされるのでその準備です。料理に携わることはすべてですね。
私用での総領事の食事というのは、いわゆる“家庭料理”です。健康を考えて野菜多めを心掛けています。
総領事によって好みなどあると思いますが、岡井前総領事との違いなどありますか?
岡井前総領事もお野菜中心でお作りしていました。違いといえば羽鳥総領事はお肉がお好きです。
プライベートのお食事も用意となると、総領事夫人と一緒に料理することもあるのでしょうか。
いいえ、一緒にキッチンに入ることはありません。私が休みの日などはお二人でお料理作りを楽しまれることもあるようです。
竹内さんがお休みの日もありますからね。勤務時間はどうなっていますか。
私はローカルの契約ですので、週40時間勤務、週に二日、お休みをいただいています。
公邸料理人のお仕事について聞かせてください。レストランの料理人と違う苦労や喜びのようなものがあると思います。
苦労はまず、すべて一人でしなければならないことですね。
一人で公邸のキッチンを担って
一人ですべてですか?
はい。大きなレセプションなどのときには補助の方を付けますが、通常、私一人です。
最初の頃はどうしても日本の環境と比べてしまい、不便に思うことはたくさんありました。例えば、買い出しに行くと、使う予定だった食材が品切れだったり。食材が入手できず、メニューを変えなければならなかったことは多々あります。供給が安定していないのは悩みですね。
お魚の種類が少なくて困ったりしますか。
はい、少ないですよね。日本料理は魚がメインなのでメニュー作りに苦労します。でも、苦労の中で生まれた一品などもあります。日本でもブームになった塩麹を使って、旨味と柔らかさを補ってレパートリーを広げています。
新報さんの読者の皆様にも身近で作りやすい食材ですと、鯖、サーモン、お肉はターキーのモモ肉(Thigh)と胸肉(Breast)はおすすめです。コンビニ屋さんやフジヤさんといった日本の食品が手に入る店に数種類置いてあるのでお好みのものを利用してください。
ちなみに公邸では自家製塩麹を使用しています。
公邸料理人として仕事をしていてうれしかったことは?
やはりお客様に喜んでいただくことですね。美味しかったと声をかけていただくと、本当にうれしいです。
記事を読む人の中には公邸料理人になりたいという人もいるかもしれません。アドバイスがあればお願いします。
外国で仕事をするので、日本とは違った苦労も多いですが、その中から新しいアイデアが生まれたり、新しいことを学ぶ機会もたくさんあります。また、その土地ならではの食材にも出合うこともできますので、楽しんでいただければと思います。
今後の抱負を教えてください。
これからも料理を通して、日本の食文化(和食)をカナダの方々に紹介していけたらと思います。それにはまだ英語が未熟なので、もっと勉強をして活躍の場を広げていきたいです。
レシピ紹介
カナダで手に入る食材を使って、新報読者でも簡単に作ることができるレシピを紹介してもらった。
【豚肉の生姜焼き】
材料 (2人前)
豚肩ローススライス 200g
玉ねぎ(1cm幅にスライス)¼個
ゴマ油(焼き用)適宜
<下味>
酒 大さじ1
醤油 大さじ1
はちみつ 小さじ1 ← なければ砂糖で代用
おろし生姜 小さじ1/2
おろしニンニク 小さじ1/2
<合わせ調味料>
酒 大さじ1
醤油 大さじ1
みりん 小さじ1
砂糖 小さじ1
おろし生姜 小さじ1
おろしニンニク 小さじ1/2
手順
1.ゴマ油を熱してから玉ねぎを投入。中火で軽く炒めてからフタをして蒸し焼き。お皿に取る。
2.漬け込んでおいた豚肉を弱火で炒めてお皿に取る。炒め具合は8割という感じで赤い部分が残っていても大丈夫。強火にするとお肉が固くなるので注意。ハチミツを使うことでお肉も柔らかくなる。(もみ込まなくて可)
3.合わせ調味料をフライパンに入れて、続いて玉ねぎを戻す。調味料に絡めながら、時々、炒めた豚肉から出た肉汁も加えながら火加減を強火に。
*肉が分厚かったりしたら、小麦粉をまぶしてもいいが今回は薄いのでそのまま。
4.タレが煮詰まって半分ぐらいになったら、肉を投入して仕上げる。
5. 仕上げにゴマを振りかけて盛り付け。
外務省、公邸料理人のFacebookページ
https://www.facebook.com/MofaJapanChef/
料理にフォーカスを置いた竹内公邸料理人の記事は人気が高い。
在バンクーバー日本国総領事館のFacebookページ
https://www.facebook.com/JapanCons.vancouver
公邸料理人の料理も定期的に紹介している。
https://www.facebook.com/JapanCons.vancouver/posts/3203170569697951 など。
公邸料理人
国際交流サービス協会に公邸料理人として応募、登録した人の中から、総領事や大使が選抜し、審査の上、決定、派遣となる場合や、総領事や大使が知り合いを連れてくる場合などさまざま。総領事や大使の専属となって、その総領事・大使が派遣される国や地域に一緒に赴任する公邸料理人もいる。
国際交流サービス協会 http://www.ihcsa.or.jp/zaigaikoukan/cook-1/
(取材 西川桂子)