~お薬の時間ですよ 第100回~
ご無沙汰しております。この度、バンクーバー新報オンライン版でコラムを再開することになった佐藤厚です。これまで同様、時勢に合わせた薬の話題や、読者のみなさまから寄せられたリクエストにお答えしていきたいと思います。
新型コロナウイルスの流行が始まった年初から早8カ月が過ぎようとした今、治療薬についての情報が揃ってきましたので、今回はこれらについて薬剤師的な視点から解説したいと思います。
流行初期の段階で治療効果が期待され、米国のトランプ大統領も服用したというヒドロキシクロロキン(英:Hydroxychloroquine)薬がありますが、米国食品医薬品局(FDA)は有効性が認められない旨を6月に発表しました。基礎疾患によっては不整脈、失神、心停止といった副作用が目立ちました。
ヒドロキシクロロキンの適応症はマラリアの予防・治療や全身性エリテマトーデス、関節リウマチといった疾患です。この治療目的でヒドロキシクロロキンを服用されている方は、稀な副作用として視力の低下や失明が起こることがありますので、定期的に眼科医のチェックを受けるようにしてください。
科学的にコロナウイルス感染症に対する有効性が認められ、カナダでも7月末に認可されたのはギリアド・サイエンス社の開発したレムデシビル(remdesivir、商品名Veklury)という薬です。レムデシビルはもともとエボラ出血熱の治療薬として開発されていた抗ウイルス薬ですが、新型コロナウイルスに対しても抗ウイルス活性を示し、症状の回復を早め、死亡率を改善する傾向が認められました。
現時点ではレムデシビルは点滴薬で、重症患者にのみ投与される薬ですから、一般の皆さんが薬局で購入することはありません。ただ、同じ成分を用いて、軽症者向けの吸入薬としての開発が進められていますから、将来この薬が薬局の調剤棚に並ぶ日が来るかもしれません。
デキサメタゾン(dexamethasone)は、強い抗炎症作用を有するステロイド薬で、以前より重症感染症や間質性肺炎などの治療薬として用いられてきました。特に目新しい薬ではありませんが、コロナウイルス感染症で人工呼吸器や酸素投与を必要とする患者に対する治療薬として推奨されています。
日本では、ファビピラビル(商品名アビガン)が大きな話題になりました。2014年に、日本で富士フイルム富山化学社が抗インフルエンザウイルス薬として開発し、承認されました。メイドインジャパンの薬ということで、大きな期待が寄せられましたが、臨床試験では統計的に有意な効果が認められませんでした。臨床試験に参加する人数が多ければ有意差が得られる水準であったことから、有効である可能性はあると評価されています。
日本からはこの他にも、急性膵炎などの治療に用いられてきたナファモスタット(商品名フサン)とカモスタット(同フオイパン)が注目され、臨床研究が進められています。タンパク質分解酵素阻害薬と分類されますが、新型コロナウイルス(科学界ではSARS-CoV-2と呼ばれます)の細胞内への侵入を阻止する可能性が認められています。
日本の北里大学病院では、医師主導でイベルメクチン(ivermectin)の臨床試験が進められています。イベルメクチンは本来は抗寄生虫薬で、2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞した北里大の大村智特別栄誉教授と米Merck社の共同研究で創製された薬です。
この他にも、コロナウイルス感染症の重症例には、疾患関連分子に特異的に結合する様々な抗体医薬品の有効性が検討されています。
いくつもの国で感染者数が再び大幅に増加している今日この頃ですが、世界の叡智とエネルギーが、過去に類を見ないレベルで新型コロナウイルス感染症の治療薬の開発に集中しており、この状況から目が離せません。
次回は、新型コロナウイルスのワクチンのお話をします。
佐藤厚
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)
2008年からLondon Drugs(Gibsons)勤務
2011年からバンクーバー新報紙面にてコラム連載開始
2014年から薬局内トラベルクリニック担当
国際渡航医学会医療職認定
2019年から薬局マネージャー