激動の2020年もあと少しで終わる。この1年、ワクワク系マーケティング実践会(このコラムでお伝えしている商売の理論と実践手法を実践する企業とビジネスパーソンの会)の会員さんたちの現場からの報告を見聞きしてきて思うことは、今年という年は、何か大切なものが、コロナ禍によって浮き彫りになった年だということだ。なかでも商売に関しては、その本質、これからの新しい価値観の社会で支持される商売とはどのようなものなのかがはっきりしたように思う。その象徴ともいえるご報告を、ある食品スーパー店主からいただいた。内容は次のようなものだ。
話はさかのぼり今年の5月、日本で緊急事態宣言が明けた次の日のこと。70代半ばのお客さんが来店した。彼女は店内に入るなり店主のところへ駆け寄り、興奮気味にこう言った。「店長!私、昨日の夜からワクワクが止まらないの~! 明日、〇〇(店名)に行こう!と昨日の夜主人と約束した瞬間からず~っとだよ。今朝 起きてもワクワクしてるの!ねぇ、店長、何? この店 何? このワクワクは何? 止まらないんだけど(笑)」。緊急事態宣言下で我慢の日々が続いていた反動もあるとは思いつつ、この言葉は嬉しかったと店主は言う。
この報告書には、同店がお客さんからよく掛けられる同様の言葉が列記されていたが、その幾つかをご紹介すると、「何か温泉旅館に来たときのような気分になる」、「ディズニーランドより楽しいかも」、「おばあちゃんから、あの楽しいところにまた連れて行ってとせがまれるんです」、「子供があの店にまた行こう、また行こうとうるさくて」、「私、週末にここに来る楽しみがあるから一週間つらい仕事を頑張れるんです」、「将来こういう店を持つのが私の夢なんです」、等々。申し上げておくが、同店は過疎地とされるある地方の町の小さなスーパーだ。品ぞろえも物珍しいものが並んでいるわけではない。しかしこれがスーパーにかけられる言葉だろうか?
店主はあるきっかけから、店のすべてを「たのしい♪」に変えていく取り組みを始めたという。日々やることは「たのしい♪」かどうかを軸にした改善。たったひとつでいいので、昨日よりもひとつ「たのしい♪」方向に改善する。昨日と今日では何が変わったのか分からないくらいの改善でも、毎日毎日取り組んできて、気づけばこのような言葉をかけられる店になっていたと。そして、その取り組みのきっかけは、旧来のスーパーとワクワク系の店、どちらの道を徹底して行くか、「怖くてなかなか進む方向が決められない」と決めかねていた彼にかけた私の次の言葉だったと言う。「大丈夫ですよ。人は たのしいところに集まるものだから」。
そうして彼の店は、「たのしい♪」の取り組み以降、今年も含め、毎年増収増益を続けている。
小阪裕司(こさか・ゆうじ)
プロフィール
山口大学人文学部卒業。1992年「オラクルひと・しくみ研究所」を設立。
人の「感性」と「行動」を軸としたビジネス理論と実践手法を研究・開発し、2000年からその実践企業の会「ワクワク系マーケティング実践会」を主宰。現在全都道府県(一部海外)から約1500社が参加。
2011年工学院大学大学院博士後期課程修了、博士(情報学)取得。学術研究と現場実践を合わせ持った独⾃の活動は、多⽅⾯から⾼い評価を得ている。
「⽇経MJ」(Nikkei Marketing Journal /⽇本経済新聞社発⾏)での540回を超える⼈気コラム『招客招福の法則』をはじめ、連載、執筆多数。著書は、新書・⽂庫化・海外出版含め39冊。
九州⼤学客員教授、⽇本感性⼯学会理事。