~認知症と二人三脚 ~
ガーリック康子
その日もいつも通り、コミュニティー通訳として、病院での通訳の仕事に出向きました。事前にわかっているのは、日時、場所、通訳を必要としている医療従事者とだいたいの目的、および患者さんの名前のみ。具体的な内容は、実際に会話が始まるまで全くわかりません。その方は高齢の患者さんで、以前にも数回、通訳の依頼があり出向いたことがありました。しかし、以前通訳した内容は思い出せません。直前に、ソーシャル・ワーカーからごく簡単に通訳が必要な理由を聞き、会話が始まるとすぐに、その日の通訳がよくある内容とは異なることがわかりました。
それは、BC州の成年後見制度法(Adult Guardianship Act)の第3条「虐待および ネグレクトを受けている成人の支援・援助」に 関わる内容でした。詳しいことはわかりませんが、最初に救急で搬送された病院で、介助・介護が必要な状況にもかかわらず、同居する家族が生活の支援をしていないことが判明し、認知症の症状もあったようです。その後、転院することになりましたが、転院先の病院では、その入院が、「措置入院」、つまり、医師の判断により、入院しなければ、本人の精神的・身体的健康が損なわれる場合の、いわば強制入院でした。
「虐待」というと、 力や言葉による直接的な暴力がすぐに思い浮かびますが、実際は、それ以外にも「虐待」とみなされる行為があります。様々な形態があり、大きく次の5つに分けられます。
1)暴行を加えて体に傷やあざ、痛みを負わせる、能力以上の無理なリハビリを強要する、あるいは食事の際、無理やり食べ物を口に入れるなどの「身体的虐待」。
2)脅迫や屈辱、否定的な言葉や態度、無視、嫌がらせ等により、高齢者の心を傷つけ、精神的な苦痛を与える「心理的虐待」。
3)高齢者に、本人が同意していないわいせつな行為をしたりさせたりするなどの「性的虐待」。
4)高齢者本人が希望する金銭の使用を制限する、または本人の了解なく、高齢者の金銭や財産を使用する「経済的虐待」。
5)高齢者が必要な介護サービスの利用を妨げる、世話をしない等、養護を放棄して、高齢者の生活環境や、身体的・精神的な状態を悪くする「介護・世話の放棄・放任」(「ネグレクト」とも呼ぶ)。
「高齢者虐待」は、いずれも表沙汰になりにくいという特徴があります。その理由として、まず、高齢者は人との交流が少ない傾向が高く、仮に「虐待」をされていても、自ら訴えることが少ない、または訴えることができない状況にあります。また、「虐待」する介護者の側に、「虐待」をしているという自覚がないことが多いため、周囲の人が気づかない限り、なかなか支援の手が届きません。また、介護者が一生懸命になるあまり、良かれと思って行う行為も、「虐待」の可能性があります。
しかし、介護者に「虐待」の自覚がなくても、介護される側の権利や利益、健康が損なわれれば「虐待」になってしまいます。「高齢者虐待」は、生命の危険にも関わる重大な人権侵害です。「高齢者虐待」を特定の家庭や個人の問題として捉えるのではなく、地域社会で問題を共有し、ともに支えあっていく必要があります。高齢者の尊厳を守ると同時に、介護をする側が「虐待」をしないですむように、介護者自身も、自らの介護を振り返り、ひとりで抱え込んで悩まず、公的機関や地域社会の力を借りることが大切です。
少しでも「虐待」ではないかと感じたら、「他人事」として片付けず、迷わず相談先・通報先に連絡する必要があります。私たち一人一人が、できることから始めましょう。