あなたがお店を経営しているとして、老朽化した自店を基礎から建て直すとしよう。もちろんその間は休業となるが、あなたなら何をするだろうか? 休業中なのだから、何もしない、そうだろうか? 今日は、ワクワク系マーケティング実践会(このコラムでお伝えしている商売の理論と実践手法を実践する企業とビジネスパーソンの会)会員のある豆腐店の取り組みをご紹介しよう。
ご当地で長らく豆腐店を営む店主、店が老朽化したため基礎から建て直すこととなり、現在は建築中、店は休業中だ。しかしワクワク系の方々はそんなとき、単に休業しない。
今同店が行っていることは、建築中の現場にポストを立てることだ。報告書には写真も添付されていたが、想像してほしい。建築中の現場の脇に鉄柱があり、そこに透明のケースが設置されている。ふたを開けると中に入っているチラシ(店主は「お便り」と呼んでいる)が取り出せるものだ。
そしてここに一工夫ある。店主曰く「一般的には『ご自由にお持ちください』というシールが貼ってあると思います。私はこれを見て、持って行きたくなることはほとんどありませんでした」。
そこで彼の工夫は、そこにこう書いたことだった。まずは大きな文字で「えっ?ここはナニ?」。それに続いて「ここに何ができるの???あれ、ここなんだっけ???あっ!お豆腐屋さんがない!!!と、思ったら、これをお持ちください」。この工夫が功を奏し、お便りは今順調に減っており、補充する毎日だという。
この取り組み、決して奇をてらっているのではない。ワクワク系では、常にお客さんとつながり、ひいては「顧客」としてストックすることを考える。その観点からは、道行く人もつながりたい相手であり、過去に同店を利用したお客さんにも、建築中も忘れてほしくない。そう考えるからこその、意味ある活動なのである。
ワクワク系では伝統的に同様の活動が盛んだ。実践会20年の歴史の中でも、新規オープン前から道に面したウインドウに大きなひな人形を飾り、それをきっかけにつながりを作っていったカフェもあれば、新店舗の移転先の土地に、先ほどの豆腐店同様のポストをしつらえ、移転先オフィス街で働く人たちを店のオープンに先んじてファンにしていった例、さらには、新工場の建設現場にこちらも同様のポストをしつらえ、新工場の見込み客はもとより、工場周辺の住民とも絆を育んでいった例など、枚挙にいとまがない。
それらすべてに共通する最も重要なことは、常に人とつながろうとすること。われわれが「つながり」をそれほど大事にする理由は、それこそが、揺らぐことなき経営の基盤だからである。
小阪裕司(こさか・ゆうじ)
プロフィール
山口大学人文学部卒業。1992年「オラクルひと・しくみ研究所」を設立。
人の「感性」と「行動」を軸としたビジネス理論と実践手法を研究・開発し、2000年からその実践企業の会「ワクワク系マーケティング実践会」を主宰。現在全都道府県(一部海外)から約1500社が参加。
2011年工学院大学大学院博士後期課程修了、博士(情報学)取得。学術研究と現場実践を合わせ持った独⾃の活動は、多⽅⾯から⾼い評価を得ている。
「⽇経MJ」(Nikkei Marketing Journal /⽇本経済新聞社発⾏)での540回を超える⼈気コラム『招客招福の法則』をはじめ、連載、執筆多数。著書は、新書・⽂庫化・海外出版含め39冊。
九州⼤学客員教授、⽇本感性⼯学会理事。