~グランマのひとりごと~
「ねぇ、貴方、会社始めるのでしょう? だったら、今、貴方がすることって分かる?」「お金貯を貯めるよりも大事な事、それはね、オーラを身につけることよ」
ある時、会社を立ち上げたいと思っている私に、真剣に向き合ってそう言ってくれたのは、バーのママさんだった。
「社長になるってことは、『皆が貴方の為に働きたいって思うような人になる』こと。その為に人を惹きつけるオーラを身につけることがなにより重要なの。
さっき、『悩んでた』って言ったわよね。『悩み』、いいじゃない? 苦労、いいじゃない? 悩みも苦労もなくて成功なんてできないわよ。人を惹きつけるオーラなんて、そうそう簡単には身につかないものよ。悩んで、苦労して、苦しんで、あがいて、辛い思いをして、一生懸命勉強して、働いて、磨いてもらって、そうして身につくものなんだから。だから、悩みにありがとうでしょ。
悩みもトラブルも、ウェルカム。生きてさえいればいい。そのくらいの気構えがなければ、会社なんか創れないわよ。あなたがそれらをクリアして、本気で会社を創ろうと思うのなら、わたしも本気で応援する」
グランマはこのところ体調を崩し、しかし、ゆったりと寝てばかりいる。身体があまり自由にならないから、まあ、沢山の本を読んだり、通り過ぎた80年の年月を静かに振り返ったりする。ある日、自分の古いファイル兼の日記を読み返した。そこに、誰かが書いた文がコピーしてあった。「バーのママの助言」だった。
『オーラ』を身に付けろ。彼女が言いたい『オーラ』とはその人が醸し出す、独特の趣、雰囲気、高貴、そして、霊気なのだろう。「悩みや苦労がなくて、成功なんてできないわよ」と彼女は言った。グランマも「そうだよ」とつぶやく。
そして、自分が通って来た長い道を振り返り、人に騙された事、医療ミスでのこり20分の命に追い込んだ医療機関の不手際、脳卒中で動かなくなった両手、新生児大の血痕を腹に抱え、まるで妊婦の様な大腹で生活した2年間。それは、楽ではなかった。
だけどねぇ、全て乗り越えてきた今、なんとそれらのすべてに感謝している80歳の自分がいる。それで、自分にオーラがあるわけではない。ただ、「そこはかとない幸せ感」それが、自分をふんわりと包んでくれているだけだ。
出産間際の次女と同じ大きさのお腹抱え、不自由な両手、特に右手で文字も書けない。 医者に「辛い」とこぼす。彼女は「大丈夫、血塊は必ずアブゾーブされるから」と開腹手術はしなかった。
生きる事の難しさをひしひしと感じ、自殺を考えた。自分の歩いてきた道を振り返ると、何か沢山の不思議があった。この辛さも何か理由があるのではと考え、話に聞いていたインドの占い師に会って見ようと決心したのだ。
今はITで世界中に有名な「バンガロール」だが、20年前は知る人も少ない街だった。その空港からタクシーで約2時間少々。インドの女性衣装サリーの発祥地として知られる街だ。
そこへグランマは一人、「占い師に言われた事を絶対信じる」と天に誓いながら行った。そして、会った占師はこう言った。貴方の母親の名は「つや」、父親は「みたる」、夫の名は「ヘンリー 亡くなっている」とまず言ったのだ。
全身は鳥肌が立った。夫は1年前に肺癌で亡くなっていた。母の名も、父の名は「みたる」ではなく「みつる」だが、ほぼ同じだった。
そして、「貴方は不動産で生計が建てられ、経済的に問題はない生活が出来ると言った。又、70歳後半で貴方はなにか物を書くと言ったのだ。それもその通りだった。何故?その人にそれが分かったのだろうか?今もって分からない。
そして、彼は更に幾つか、グランマの将来について語った。
「貴方の寿命はインド カレンダーで、82-83歳です」
今年、私は西暦で82歳、上手くいっても来年が西暦で83歳……。でもねぇ、『オーラ』はないけれど、「そこはかとない幸せ感」がふんわりとこのグランマを包み、毎日、あの占い師の言ったとうりに生きているではないか!
許 澄子
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好評の連載コラム『老婆のひとりごと』。コラム内容と「老婆」という言葉のイメージが違いすぎる、という声をいただいています。オンライン版バンクーバー新報で連載再開にあたり、「老婆」から「グランマのひとりごと」にタイトルを変更しました。これまでどおり、好奇心いっぱいの許澄子さんが日々の暮らしや不思議な体験を綴ります。
今後ともコラム「グランマのひとりごと」をよろしくお願いします。