156 高齢者の入院

~認知症と二人三脚 ~

ガーリック康子

いつもこのコラムを読んでいただき、ありがとうございます。

 ご存知の方もいらっしゃると思いますが、普段、 認知症に関わる文章を書くことや、 非営利団体のメンバーとしての活動をしていますが、私の本職は、フリーランスの通訳・翻訳者です。

 通訳の仕事は「コミュニティー通訳」。法廷(法務)と医療の分野を専門に、裁判所や弁護士事務所、病院やクリニック、介護施設などの医療施設に出向きます。普段、出向く先は、医療施設が圧倒的に 多く、退院後のフォローアップのために、患者さんの自宅訪問に同伴することもあります。

 患者さんの年齢は、まだ生まれる前の0歳以前から、90代の高齢者まで。受診や入院の理由は、先天性の病気から、治る見込みのある怪我や病気、近いうちに亡くなることが明らかな、著しく予後が悪い場合まで様々です。中でもかなりの数を占めるのは、緊急入院をしたご高齢の患者さんです。入院の理由は、加齢により増える怪我や病気であることが多いようです。

 例えば、夜中に目が覚め、お手洗いに行こうとして転倒するケース。転倒した後、強い痛みのためそのまま動けなくなり、やっと救急車を呼べたのは翌日の午後になってから。転倒した拍子に大腿骨を骨折し、救急搬送された先で、即、手術になりました。あるいは、自宅で倒れるケース。台所で食事の準備をしていたら、急に体の自由が利かなくなりました、特に痛みはないものの、 自分では救急車を呼ぶことができません。住んでいるコンドミニアムの管理人に何とか連絡が取れ、管理人が呼んだ救急車で緊急搬送され、脳梗塞と診断されました。半身に麻痺が残っただけでなく、言語を司る脳の部分に脳梗塞の損傷が起きたため、失語症になり、以前のように言葉が話せません。

 いずれの場合も、身体の状態が安定してきても、すぐに自宅に戻れる状況ではありません。多くの場合、最初に入院した病院から、リハビリ専門の施設に転院し、身の回りの最低限のことができるように なるまでリハビリを続けることになります。その後、ある程度、自立した生活が送れるようになると、いよいよ退院です。

 リハビリ施設を出た後も、外来で同じ施設に通院するか、在宅でリハビリが続きます。在宅でリハビリを続ける場合は、医療ケアがリハビリ施設のチームから、地域のチームに引き継がれます。理学療法士や作業療法士が定期的に自宅を訪れ、リハビリを行います。必要に応じて、ケース・マネージャーやソーシャル・ワーカーも訪ねてきます。必要であれば、服薬確認や簡単な家事の手伝いを頼めるよう、手配してもらうこともできます。

 リハビリには、理学療法士や作業療法士の協力は欠かせませんが、生活上の手助けや、経済的な援助が必要だと考えられる場合は、地域の医療チームのソーシャル・ワーカーが支援します。ところが、自分の経済力や身体的な能力を正しく把握できておらず、ソーシャル・ワーカーが利用できるサービスやプログラムを紹介し、利用を薦めても、自分はそこまでの手助けは必要ないと、過大評価していることが多く見受けられます。また、一人暮らしで、カナダには自分の家族がおらず、退院後の生活の支援に協力してくれるような友人も少ない場合が多いようです。日本にいる家族は、自分と同じように高齢にも関わらず、日本に帰ることを選択肢として考えていることも少なくありません。このようなケースは、特に男性に多く、医療チームの心配をよそに、現状をかなり楽観的に考えています。

 一般に、高齢者が入院すると、認知機能が急に衰えることがあります。さらに、怪我や病気の症状や痛み、それが原因となる入院で、生活環境が大きく変わり、心身に大きなストレスがかかることで、顕著化していなかった認知症の初期症状が現れることもあります。また、脳梗塞や脳出血で脳血管に障害が起きると、その周辺の神経細胞がダメージを受け、脳血管性認知症の原因にもなりえます。もしかすると、現状が把握できないのは、認知症が原因かもしれません。あるいは、日常生活に支障が出ていないだけで、軽度認知障害(MCI、Mild Cognitive Impairment)ということも考えられます。

 いざという時、身近に頼れる人はいますか?