~認知症と二人三脚 ~
ガーリック康子
最初に母がひどく転んだのは、認知症の診断を受ける前のこと。一時帰国で日本に行った際、母の顔にあざができていました。よく聞くと、買い物帰りに、家の近くの公園の中の、少し勾配のある道を歩いていて転んだというのです。転んだ拍子にとっさに手をついたため、手首の骨にひびが入りました。その一件の後、短い距離を歩く時も、必ず杖をついて外出するようになりました。次に一時帰国した時には、歩行器(ウォーカー)を使うようになっていました。認知症と診断を受けるのは、ちょうどその頃です。
その後暫く経ったある日、ひとりでお手洗いに行って転び、大腿骨を骨折してしまいました。折れた部分を人工股関節に置き換える手術を受け、入院。しばらくの間は安静が必要で、寝たきりの状態が続き、体を動かす機会が極端に減り、その結果、認知症の症状がかなり進行しました。認知症の症状が進んだことで、退院後はウォーカーを使って歩くこともままならず、家の中のあちこちに取り付けた手すりを伝い歩きするのがやっと。毎日通っていたデイサービスに出かける時も、家の玄関から迎えのバンに乗るまでのほんの数メートルの距離でさえ、誰かの介助なしでは歩けなくなっていました。
高齢になると、筋力の衰えや、白内障などの目の病気が原因で視力が低下することなどが原因となり、転びやすくなります。そのうえ、認知症を患っていると、認知機能の低下により周囲に注意が行き届きにくいこと、空間の認識が上手くできないことや、ビタミンD不足の傾向が高いことなどから、特に転びやすい状態になります。また、高齢者は骨粗鬆症を発症していることも多く、転倒した拍子に骨を折る機会が増えます。特に、骨折しやすい部位の中でも、大腿骨近位部骨折は、高齢者が寝たきりになる理由として圧倒的に多い骨折で、生活の質が著しく低下する原因となります。手術の後、自由に動けない状態が続くことで体を動かす機会が減り、認知症の症状が悪化するきっかけにもなります。理解力・判断速度や集中力・作業能力も低下し、せっかくのリハビリ運動も思うように進みません。
厚生労働省による国民生活基礎調査では、平成13年より3年毎に、介護度別にみた介護が必要となった主な原因を調査しています。その回答では、「骨折・転倒」は2001年から2016年では9.3~12.1%を占め、全体の第3位から第5位となっています。 同じく厚生労働省による、2018年の人口動態統計調査では、死亡届による「不慮の事故死」のうちの23.4%が、「転倒・転落・墜落」による死亡です。特に、65歳以上が多くを占めており、交通事故による死者を大きく凌いでいます。また、死亡に至った「転倒・転落・墜落」の内訳では、「スリップ・つまずき・よろめき」による同一平面上での「転倒」が86.7%と、最も多いことがわかっています。また、東京消防庁の2011年から2015年までの救急搬送データによると、救急搬送の半数以上は65歳以上の高齢者で、事故全体の約8割を「転ぶ」事故が占め、次いで「落ちる」事故が多く発生しています。これらの事故の発生場所は、「住宅等居住場所」が最も多く、その内訳を屋内と屋外に分けると、屋内の発生が9割以上を占めています。さらに、「住宅等居住場所」の屋内の発生だけで、「転ぶ」事故全体の5割以上を占めています。
転んで足を骨折し手術。長引く入院で、認知症を発症、または認知症が進行し、ついには寝たきりに…。誰も寝たきりになりたくはありません。しかし、転倒事故は、家の中でこそ頻繁に発生します。必要を感じたら、杖やウォーカーは、外出時の転倒を未然に防ぐ強い味方です。
私はまだまだ大丈夫…。自分の健康、過信していませんか?
参照:
厚生労働省 2019年国民生活基礎調査の概況 Ⅳ介護の状況
厚生労働省 2018年人口動態統計の概況 死因簡単分類別にみた性別死亡数・死亡率(人口10万対)
東京消防庁 救急搬送データから見る高齢者の事故〜日常生活の中での高齢者の事故を防ぐために〜健康長寿ネット 転倒・骨折予防の取り組み