第84回「価値のバトン」

 ワクワク系マーケティング実践会(このコラムでお伝えしている商売の理論と実践手法を実践する企業とビジネスパーソンの会)会員のある食品メーカー社長から、報告が届いた。その内容は同社の商談先での出来事。結果は「驚くほど良かった」というものだが、何が起こったのだろうか?

 事の顛末はこうだ。緊急事態宣言が明け、最初の出張として彼が九州に行ったときのこと。これまであまり取り扱いがなく、別の会社を経由して2品だけ継続販売してもらっている、ある取引先を訪ねた。ただ、先方商品部長の対応は「こっちも忙しいから早めにお願いね」とつれないもの。とはいえ、それはいつものこと。訪ねた彼も、「はい、もちろんです!」と、いつもながらの会話から始まった商談だったが、今回はこの後が違った。彼が商品の説明ではなく、まして「うちの新商品です、ぜひ御社で取り扱いを」と売り込むのではなく、ワクワク系流のプレゼンテーションに臨んだからだ。それは「価値を売り、パートナーを作る」ためのプレゼン。具体的には、彼が先方に語ったという次の言葉が、その内容を物語る。

 「私もこれまでは『ベンダー様に卸した』『バイヤー様の了承を得た』時が売上がたつ源泉だと思っておりました。しかし、それはまったくの誤解で、販売店様の店頭でお客様が目を止め足を止め、手にとっていただきカゴに入れ、レジを通してお金が支払われる、ここで初めて売上と呼べるのだと思います。だとすると、我々は良い商品を作るのは最低限のお約束で、その価値をどうやってエンドユーザー様に伝えるかを、販促物も同時にご提案しながら勧めていこうと考えております」。

 この商談後の展開は彼の期待を超えた、これまでには考えられないものだった。なんとこの取引先が、それまでなかった直の口座を開設し、全商品を取り扱うことになったのだ。先の商品部長はこう言ったという。「私たちは社長から、これからの時代を生き抜くために、価値ある商品を集め、それをさらに育てていくための売場作りをしていけと言われている。そこで必要なのは、御社のようなパートナーであり、その商品だ」と。

 そしてこうした最近の成果を踏まえて彼は言う。「我々が作り、流すものはあくまで『ワクワクの実』であるがために、その価値のバトンを正しく受け取り、次のステージへ正しく流してくれる方と共に商売をやっていく」。

 価値のバトンをいかにエンドユーザーに渡していくか――このテーマを私は弊社設立以来約30年間説き続けているが、もうそろそろ本気で、世の多くの会社が取り組まなければならない時代になっている。そして時代はそれを待っているのである。

 
小阪裕司(こさか・ゆうじ)
プロフィール 

 山口大学人文学部卒業。1992年「オラクルひと・しくみ研究所」を設立。
 
 人の「感性」と「行動」を軸としたビジネス理論と実践手法を研究・開発し、2000年からその実践企業の会「ワクワク系マーケティング実践会」を主宰。現在全都道府県(一部海外)から約1500社が参加。

 2011年工学院大学大学院博士後期課程修了、博士(情報学)取得。学術研究と現場実践を合わせ持った独⾃の活動は、多⽅⾯から⾼い評価を得ている。 

 「⽇経MJ」(Nikkei Marketing Journal /⽇本経済新聞社発⾏)での540回を超える⼈気コラム『招客招福の法則』をはじめ、連載、執筆多数。著書は最新刊『「顧客消滅」時代のマーケティング』をはじめ、新書・⽂庫化・海外出版含め40冊。

 九州⼤学非常勤講師、⽇本感性⼯学会理事。