第58回 詩集「I will be more myself in the next world」増谷松樹著

初めての詩集を上梓

 私はこの翻訳家であり詩人である増谷松樹氏(76)と、いつ、どの様にして知り合ったのかはっきりとは覚えていない。だが余り物事にこだわらない飄々とした風体と、柔らかい笑顔だけはずっと忘れずにいた。

 そして長い間のご無沙汰の末、数年前に西海岸に集約したある日系史の英語本を、グループ翻訳するチームを立ち上げた時、今はDenman Islandに住んでいる氏と、又ひょっこり連絡を取るようになった。

 氏が今までに翻訳/出版した著書の中で、カナダで一番知られているのは、日系二世のロイ・キヨカワ氏が、土佐からカナダに移民して100才まで生きた母親の、過ぎ越し方を著したものを翻訳した「カナダに渡った侍の娘 ある日系一世の回想」や、ヒロミ・ゴトー著「コーラス・オブ・マッシュルーム」であろう。

 以後しばらく間があったが、氏はこの秋、Salt Spring Islandに拠点を持つMother Tongue Publishing 出版社から「I WILL BE MORE MYSELF IN THE NEXT WORLD」と題する詩集を上梓した。

   氏はロイ・キヨカワ氏がまだ存命のころ、英語で詩を書くことを勧められたものの、母語は日本語であることから躊躇していた。だが彼が亡くなって何年か後に徐々に日英両語で詩を書き始め、以来温めていた幾つもの詩編を集めたのがこの処女出版に繋がった。

 上梓に至るまでには、培った仕事関係の人たちからの多いなる尽力があったものの、中でも氏の長女であるHanakoさんとその文学仲間たちの協力は大きかった。

 詩集は7編のカテゴリーに分かれており、Marriage(結婚生活)、 Japan(日本)、 Island Life(島の生活)、 Chemo(抗がん剤治療)、 Parkinson’s(パーキンソン病) Old(老い)、Grandchildren(孫)と題され、その幾つかは日英両語でしたためられている。

 とは言え、それは逐一の対訳であるとは限らないのだが、それがまた両語のニュアンスの違いを味わうことができ面白味を増している

 全編の流れは、日々の生活の中で氏がふとした時に感じる想いを、簡潔に淡々と、時にリズミカルに書き記している。そこここに軽い自嘲のユーモアも感じられ、読む者はその可笑しさに笑いを誘われる。

翻訳家であり詩人である増谷松樹氏。Photo courtesy of Keiko Miyamatsu Saunders
翻訳家であり詩人である増谷松樹氏。Photo courtesy of Keiko Miyamatsu Saunders

I was listening to
an old man
talking nonsense
on CBC radio.

He wasn’t up
to the points.
Just trying to
please the host.
I said to myself.
“What an old fart.” 
Then the host said,
“He is seventy-four.”

My age, exactly.

病気体験の記録 

  目次を見てすぐに理解出来るのは、氏が癌とパーキンソン病を患った経験の詩編が幾つかあることだ。恐らくその体験や想いを行間に綴っている時には、心身共に打ちのめされ、切ない思いを抱くこともあったに違いない。だがそれとても淡々と記しており、それ故に、読む者は悲壮感だけに流されない。

 以前これを文芸雑誌Capilano Reviewに発表した時、氏の友人の一人が同じ病を持つ女友達にメールした。それを受け取った女性は、キモセラピーの治療中幾度となく読み返したとか。こうしたエピソードは「書き続けたい気持ちに拍車が掛かる」と氏は述懐する。

 人は生きている限り人生がいつもバラ色とは限らない。だが何と言っても氏の一番の幸せは、元気なカナダ人の妻、愛してやまない三人の子供たち、成長著しい5人の孫たち全員が、氏の居住地から遠からぬ所に住んでいることだろう。

 いつの世も変わることのない「家族の強い絆」が、氏の人生の底辺を支えていることも読み取れる。

表紙の絵

Tumbo Islandの荒涼とした荒々しい風景をリノカットの技法を使って描いた表紙。Photo courtesy of Keiko Miyamatsu Saunders
Tumbo Islandの荒涼とした荒々しい風景をリノカットの技法を使って描いた表紙。Photo courtesy of Keiko Miyamatsu Saunders

 私がこの詩集を最初に手にした時、まず目を奪われたのは印象的な表紙の絵であった。本土とバンクーバー島を隔てるジョージア海峡には、数えきれない程の幾つもの島が点在する。その一つTumbo Islandの荒涼とした荒々しい風景を、Mimi Fujino氏がリノカットの技法を使って描いており、迫力のある筆使いが実に印象的である。

 その表紙の裏の詩評には、ジョイ・コガワ氏がカナダの詩人Fred Cogswellの“star people”について触れている言葉を引用し寄稿している:
「~彼ら(star people)は体内からある種の深い光明を発出している。松樹氏はその明るい星明りを持っている。彼に会えばそれが理解できるだろう」と。

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 詩集の購買: 出版社 Mother tongue Publishing Limited-290Fulford-Ganges Rd. Salt Spring Island, BC, V8K 2K6) に直接連絡するか、近くの本屋からオーダーしてもらうことも出来る。

価格: $19.95

https://www.mothertonguepublishing.com/about-Us/

サンダース宮松敬子 
フリーランス・ジャーナリスト。カナダに移住して40数年後の2014年春に、エスニック色が濃厚な文化の町トロント市から「文化は自然」のビクトリア市に国内移住。白人色の濃い当地の様相に「ここも同じカナダか!」と驚愕。だがそれこそがカナダの一面と理解し、引き続きニュースを追っている。
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