~認知症と二人三脚 ~
ガーリック康子
社会の高齢化が進むにつれ、社会的な問題として取り上げられるようになった認知症。歳をとればとるほど、認知症と診断される機会が増えることはわかっていますが、残念ながら、現時点では、認知症の根本的な原因はわかっていません。また、認知症の予防につながる明確な方法はなく、根治する治療薬もありません。
認知症は、その症状が現れ始める10年ないし20年前から、脳内では変化が始まっていると言われています。「高齢者」と呼ばれ始める65歳で認知症と診断されたとすると、40代半ば頃から、認知症の兆候はすでに見え始めていた可能性があることになります。ちょうどこれは壮年期にあたり、高血圧、糖尿病、高脂血症などの生活習慣病にかかる人が増え始める時期でもあります。生活習慣病は、認知症発症のリスク要因とされていますが、「うつ」や「不安障害」などの精神的要因、「孤立」や「閉じこもり」などの社会的要因に比べ、最も自分で管理しやすいリスク要因です。生活習慣病の予防、早期発見、治療を行うことで、生活習慣病による認知症の発症リスクは低くなると考えられています。
しかし、認知症の発症リスクには、変えることのできない要因もあります。それが、年齢や、持って生まれた遺伝子や性別で、どう頑張っても根本的に変えることはできません。なかでも、性差による要因は影響が大きいと考えられています。カナダ・アルツハイマー協会の報告によると、65歳以上の認知症と診断された人のうち、65%を女性が占めています。特にアルツハイマー型認知症は、女性の罹患率が高いことがわかっています。その潜在的誘因は、男性より女性の平均寿命が長いことの他に、女性の一生涯での「エストロゲン」分泌量の変化によるものと考えられています。
女性ホルモンのひとつである「エストロゲン」は、記憶や学習に関する神経伝達物質で、血管拡張作用もある「アセチルコリン」を保護し減少を防ぎます。閉経により、脳の神経物質を保護していた「エストロゲン」が急減することにより、アルツハイマー病の原因物質である「アミロイドβ」が急増し、アルツハイマー型認知症になりやすくなると考えられています。
この、女性特有の認知症の発症リスク要因について調べた研究があります。この研究は、2019年にThe American Academy of Neurologyで発表されたもので、アメリカ合衆国カリフォルニア州の北カリフォルニア地域で医療サービスを提供している団体により、診療記録のある女性6,137人を対象に行われました。喫煙、糖尿病、高血圧など、女性の認知症発症リスクに影響を及ぼす他のリスク要因を調整した上で、「エストロゲン」分泌期間と認知症の発症リスクとの関連を調べたものです。
この研究の調査参加者は、健康調査と健康診断の他に、初潮年齢、閉経年齢、および子宮摘出手術を受けているかについての質問に答えます。集めた情報から、参加者の初潮年齢の平均は13歳、閉経年齢の平均は45歳で、妊娠可能な年数の平均は32年でした。そのうちの34%の人が、子宮摘出手術を受けています。子宮摘出手術を受けていない参加者の場合、閉経年齢の平均は47歳、妊娠可能な年数の平均は34年でした。その他に、参加者の診療記録から認知症の診断履歴を調べたところ、調査参加者全体のうち、42%の人が認知症の診断を受けていました。
この研究の結果、初潮を16歳以降に迎えた女性は、13歳で迎えた女性に比べ、認知症発症リスクが23%高く、47歳までに閉経を迎えた女性は、それ以降に迎えた女性に比べ、認知症発症リスクが19%高くなっています。妊娠可能な年数で見ると、初潮から閉経までの年数が34年未満の女性の場合、それ以上の女性と比べると、認知症発症リスクは20%高く、子宮摘出手術を受けている女性は、受けていない女性より、認知症発症リスクが8%高いことがわかりました。
この研究では、妊娠、ホルモン補充療法、経口避妊薬など、女性の「エストロゲン」分泌量に影響を及ぼす可能性のあるその他の要因については調査されていませんが、その結果は、女性の生涯にわたる「エストロゲン」の分泌期間が短いほど、認知症になりやすいことを示唆しています。
参考:
“Dementia numbers in Canada”
Alzheimer Society of Canada
https://alzheimer.ca/en/about-dementia/what-dementia/dementia-numbers-canada
“Fewer Reproductive Years in Women Linked to an Increased Risk of Dementia”
The American Academy of Neurology
https://www.aan.com/PressRoom/Home/PressRelease/2712
*当コラムの内容は、筆者の体験および調査に基づくものです。専門的なアドバイス、診断、治療に代わるもの、または、そのように扱われるべきものではないことをご了承ください。
ガーリック康子 プロフィール
本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会 サポートグループ・ファシリテーター認定。