第86回「『商談』をより楽しく」

 コラムでお伝えしている商売の理論と実践手法を実践する企業とビジネスパーソンの会)会員の、住宅・リフォーム会社からのご報告。

 当会では毎月、「情報誌」と呼ばれる冊子が届く。他の会員企業の多くの実践事例が解説付きで読めるものだが、そこにある方の「人は楽しいところに集まるものだから」という言葉があった。この言葉に、今回ご報告いただいた同社社員ははっとした。今、商談で来店しているお客さんは楽しんでいるだろうか? そもそも商談自体ルーティン化しており、楽しませようという工夫を忘れていたことに気がついた。

 そこで見直してみると、商談にあたって、その日の商談はどのような内容か、どれくらい時間がかかるのか、初めに一切説明していないことに気がついた。ほとんどのお客さんは、自身や家族の休日を利用して来店される。自分たちはその時間の一部を使わせてもらうわけだが、お客さんには商談以外も予定があるはずだ。そのことに、まったく想像が及んでいなかったのだ。

 そこで改善することにしたが、行ったことはシンプルかつユニーク。来店するお客さんの席に「おしながき」を作って置いておき、その日の商談内容と、いただく時間の説明から商談を始めるようにしたのだ。

 あなたは「おしながき」と聞いてどんなものを思い浮かべるだろうか? 日本で旅館にお泊まりになったことがあれば想像しやすいと思うが、日本の旅館では夕食の際テーブルに、すべての料理名が列挙された「おしながき」が置いてある。コース料理のメニューにも前菜から始まってすべての料理名が列挙されているが、まさにあれである。報告書には資料も添付されていたが、それを見ると、「本日のおしながき」と始まり、「一、各種保険内容確認」「二、金融資産情報確認」「三、お子様の教育資金確認」などと続いていく、全品で6品のおしながきだ。そこにそれぞれの所要時間も書かれており、使っている紙もフォントも、日本旅館のおしながきを真似たものだ。

 やってみた反応は、「普段の商談と急に違うことに、お客様も最初困惑していましたが、意図をご説明するとご納得なされ、そこまで気を使ってくれるなんてとお喜びいただくことが出来ました」とのこと。

 「お客さんは楽しいところに集まる」――それは事実だ。今回この改善につながった元々の実践事例はまったく異業種の店舗でのものだが、この店もいつも人であふれている。そして今回ご報告いただいたこの会社も、過去最高の好業績となっている。いつも、どんな業種でも、お客さんがより楽しくなることへの改善を続けたいものである。

 
小阪裕司(こさか・ゆうじ)
プロフィール 

 山口大学人文学部卒業。1992年「オラクルひと・しくみ研究所」を設立。
 
 人の「感性」と「行動」を軸としたビジネス理論と実践手法を研究・開発し、2000年からその実践企業の会「ワクワク系マーケティング実践会」を主宰。現在全都道府県(一部海外)から約1500社が参加。

 2011年工学院大学大学院博士後期課程修了、博士(情報学)取得。学術研究と現場実践を合わせ持った独⾃の活動は、多⽅⾯から⾼い評価を得ている。 

 「⽇経MJ」(Nikkei Marketing Journal /⽇本経済新聞社発⾏)での540回を超える⼈気コラム『招客招福の法則』をはじめ、連載、執筆多数。著書は最新刊『「顧客消滅」時代のマーケティング』をはじめ、新書・⽂庫化・海外出版含め40冊。

 九州⼤学非常勤講師、⽇本感性⼯学会理事。