混声合唱団さくらシンガーズが、5月15日、ニューウェストミンスター市のアンビル・センター・シアターでコンサートを開催した。
当初、2020年に予定されていた創立50周年記念コンサートは新型コロナウイルスの規制で延期。その間の2021年10月、同合唱団の創立者であるルース鈴木先生が逝去。
コロナ規制が緩んだ今年、2年遅れの50周年記念コンサートは、同時に鈴木先生をしのぶコンサートになった。前編と後編の2回に分けてリポートする。後編ではさくらシンガーズの音楽監督としても活躍した鈴木先生の思い出や、この2年間のこと、そして今後について。
思い出
鈴木先生はさくらシンガーズの音楽監督を務めると同時に、数々のオペラシーンで中心的役柄を演じ、著名指揮者とも共演。さらに、ダグラス・カレッジの声学科では教鞭をとり、バンクーバーの音楽界で種々活躍してきた。その中でも、さくらシンガーズには特別な愛情を注ぎ、団員一人ひとりの音楽性を育むことに力を注いだ。また、個人的なつきあいも大切にしてくれたと団員たちは語る。
ソプラノの高橋美那子さんは、さくらシンガーズ創立時からの団員だ。
「私の家族は、偶然にも鈴木先生と同じ時期にカナダに移り住み、同じように子ども3人をもちました。鈴木先生との長いおつきあいの間に感じたことは、先生は音楽のみならず、編み物や着物など他の分野でもスーパーレディだったことです」
発声を大切にすること。これが鈴木先生の指導で重要なことだった。正しい発声の仕方をわかりやすく何度も団員に教えた。音楽に関わってこなかった「合唱初心者」にも楽しく、練習によって向上していく音楽を説明した。
アルトの早風美樹さんは、鈴木先生からの指導をこう思い出す。
「希望する団員には誰でも、無償で時間を割き、ご自宅で個人レッスンを続けてくださいました。レッスン中は、良い部分を強調して褒めてくださるので、とても励みになりました。母のような存在でした」
鈴木先生の孫でオペラ歌手のゼイナンさんは、鈴木先生の思い出とこのコンサートで独唱した2曲を選んだ理由をこう語る。
「プッチーニのオペラ『エドガール』からの1曲は、主人公の一人がソプラノです。祖母はソプラノでしたので、この曲を捧げようと思いました。もう1曲、シューベルトの『こびと』は、楽曲のもつ物語を大切にするようにと祖母が私によく言っていたので、王妃と小人の壮絶な物語からなるこの曲を選びました」
この2年間
「合唱」は、飛沫感染の恐れがひじょうに憂慮される活動だ。そのため、新型コロナウイルス蔓延下では合唱団としての普段の活動ができなかった。通常の練習に戻れたのは、ブリティッシュ・コロンビア州内で種々の規制が緩んできた最近のことだ。
パンデミック初期、まだ屋外での集まりが可能だった頃は屋外での練習や、ZOOMによる練習会を行った。こうして合唱団としての練習を継続し、団員間の交流を絶やさず、自己練習も続けた。大阪城ホールで毎年12月の第1日曜日に催される「1万人の第九」の2020年オンライン・イベントに団員有志が参加。オンライン開催となった2021年バンクーバーの日系夏祭りパウエル祭にも、有志それぞれが自分のパートを歌い、それを集めて編集したリモート合唱で参加した。
ルース鈴木先生亡きあと、音楽監督と指揮者に就任した中堀忠一さんはこう振り返る。
「コンサートのための準備は2019年には始めていました。しかし、コロナ禍によりさまざまな変更を余儀なくされました。規制が緩和されコンサートが開催できるかどうかも不明だったため、当初の準備内容のまま進行することはほとんどできませんでした。また、鈴木先生の不在はもちろん、団員のなかには練習に戻ることのできない人も多数あり、コンサート当日の直前まで準備に追われました。楽曲の構成や指導はこれまで副指揮の任にあった私が団員の推薦を受け、鈴木先生の指導を継続する形で総指揮にあたりました」
歩みの継続
コンサート終了後の感想を中堀さんはこう語る。
「さくらシンガーズが50年にわたり鈴木先生から教わってきたこと、与えられたこと、そして先生に対する感謝を、一人でも多くの方々にお伝えするのがこのコンサートの目的でした。開催にあたり、依然として感染が心配なコロナ禍での練習や、予約した会場との契約内容の変更等、いくつもの問題が発生しました。それらを乗り越えて目的が達成できたのは、このコンサートのために多くの時間を費やしてくださった理事の方々や、団員の熱心な努力のおかげです。鈴木先生も会場で一緒に歌ってくださっているのではないかという思いを込めて演奏させていただきました。さくらシンガーズを応援してくださっている方々へも感謝いたします。ありがとうございました」
50周年記念コンサートを終えたとはいえ、既に52年の歴史の中にあるさくらシンガーズ。年代層を超え、アットホームな雰囲気で、音楽を楽しむ混声合唱団であることを大切にして歩み続けている。これからの活動で中心となる若い世代の参加を期待しながら、2年後のコンサートを目指し切磋琢磨の練習は続く。
(取材 高橋 文)
●ルース 鈴木先生
オペラやコンサートで幅広い経歴をもつソプラノ歌手で、声楽の教師でもあった。
1970年、混声合唱団さくらシンガーズ創立。音楽監督兼指揮者として同合唱団を牽引。
2011年、外務大臣表彰受賞。2021年10月、逝去。
●中堀 忠一さん
1973年、さくらシンガーズ入会。ルース鈴木先生から合唱と発声法の指導を受けた。
テノールのメンバーとして活躍。後年、副指揮者となる。
2021年、鈴木先生逝去後、さくらシンガーズの新音楽監督兼指揮者に就任。
訂正:さくらシンガーズ「ルース鈴木先生 メモリアルコンサート」開催日は正しくは15日でした。お詫びして訂正いたします。
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