~認知症と二人三脚 ~
ガーリック康子
旅行ではなく、医療サービスを受ける目的で、居住国とは異なる国や地域へ渡航する「医療ツーリズム」。特に医療費が高い国に住んでいる人にとって、 必要な手術や処置がより安く受けられるのであれば、その選択肢はかなり魅力があるでしょう。自分が住む国では、必要な手術や処置を受けるために長く待つしかない場合も、待たずにすむ選択肢です。
「医療ツーリズム」は、東南アジア諸国で、新たな産業分野として顕著な成長を見せており、多くの国が海外からの医療目的の渡航者の受け入れを積極的に行っています。同地域の「医療ツーリズム」市場で競合する国々では、 認知症患者向けの介護サービスを提供する施設が増えてきているようです。特に、他の東南アジアの国々に先駆けて「医療ツーリズム」に着目し、近年では、介護分野でも一歩先を進んでいるタイの例をあげてみます。
タイで外国人向けの認知症介護施設に入所しているのは、その多くがヨーロッパ諸国からやってきた利用者です。居住国の介護施設の質に満足できない、格安で利用できる介護施設が見つからない、介護施設の利用料が高すぎて長期的には払いきれないなどの理由で、利用者の家族が選択しています。
これらの施設は、介護分野の「医療ツーリズム」を、経済発展のひとつの鍵と見据えている政府や個人投資家のサポートを受けながら、地元タイやヨーロッパからやって来た個人が運営しています。例えば、タイ北部にある施設の介護体制は、1日24時間、患者1人に対し三交代制で常に介護士1人がつき、短期滞在型と長期滞在型があります。いろいろなアクティビティーが行われ、日帰りで遠足に出かけることもあります。施設内のプールで泳ぐこともできます。
認知症と診断された人にとって、環境の変化が認知症の進行を早めると考えられています。「記憶障害」、「失認」(見えている物が何かわからない状態)、「失語」(物の名前が出てこない状態)、「失行」(手足は動くがどうするかわからない状態)、「実行機能障害(物事の手順がわからない状態)などの認知症の症状に加えて、「時間」、「場所」、「人」を認識する力が弱くなる「見当識障害」などの症状により、新しい環境に順応しづらくなっています。
家族から遠く離れ、言語、文化、生活様式、気候などすべてが違う異国の介護施設で生活することは、これ以上ない大きな環境の変化です。施設の設立者の母国語を使って運営している施設もあるようですが、通常、共通言語は英語です。施設の外で使われている言語は、また別の言語です。このような大きな環境の変化、中でも言語が理解できないことが、特に認知症の初期に症状が進行するきっかけになることを懸念する向きもあるようです。しかし、認知症が進行するにつれて言語を理解し話す能力が衰えていくため、認知症がある程度進行している場合、会話よりもジェスチャーや顔の表情、場合によっては体に優しく触れることが、気持ちを伝えるコミュニケーションの手段となり、言語環境の変化による影響はかなり小さいと考えられます。
認知症の人が入所する目的は、本人の介護のためだけでなく、日頃、介護をしている家族が短期滞在で息抜きをするためという場合もあります。施設の近くに部屋を借りれば毎日会うことができ、介護を休んでいても、会えないことによる心配をせずにすみます。もちろん、長期的に入所するために、家族に連れられてやってきた人が施設に慣れた時期を見計らって、本人以外は国に帰り、時々会いに来るなど、家族によりその状況はさまざまでしょう。どの選択も、考え抜いた末に決めた答えのはずです。
介護分野の「医療ツーリズム」が存在する背景には、住んでいる国の施設で納得のいく介護が受けられないと感じる人が少なからずいるという事実があります。自分が介護を必要とするようになった時に選択肢とするのか、前もって考えておく必要があるのかもしれません。
皆さんなら、どうしますか?
参考:
Families sending relatives with dementia to Thailand for care
The Guardian https://www.theguardian.com/society/2020/jan/12/families-sending-relatives-with-dementia-to-thailand-for-care
Exporting the elderly-retirement in Chiang Mai
Citylife in Chiang Mai https://www.chiangmaicitylife.com/clg/living/health-wellness/care-homes/exporting-the-elderly/
Swiss Alzheimer’s patients find home in Thailand
*当コラムの内容は、筆者の体験および調査に基づくものです。専門的なアドバイス、診断、治療に代わるもの、または、そのように扱われるべきものではないことをご了承ください。
ガーリック康子 プロフィール
本職はフリーランスの翻訳/通訳者。校正者、ライター、日英チューターとしても活動。通訳は、主に医療および司法通訳。昨年より、認知症の正しい知識の普及・啓発活動を始める。認知症サポーター認定(日本) BC州アルツハイマー協会サポートグループ・ファシリテーター認定。