「バンクーバーの通りで三味線を弾くパフォーマンスをやってみたい」元芸妓・秋元麻依さん

 三味線を弾きながら、「梅にも春の色そえて」とうたい始める秋元麻依さん。しっとりとした声がバーナビー市の日系文化センター・博物館の中を流れる。

札幌の芸妓文化

 秋元麻依さんは、北海道の札幌市出身。2022年4月、ワーキングホリデーでバンクーバーに来た。日本では3年間、「芸妓」(げいぎ)として働いた。「芸者」とも呼ばれ、舞踊や音曲・鳴り物で、宴席を盛り上げ客をもてなす職業だ。

 かつて札幌の「すすきの」には、北日本最大の花街があった。1950年代には300人以上の芸妓がいて、お座敷を華やかに盛り上げていた。ところが社会・経済情勢の変化につれ花街は衰退。札幌の芸妓の数は10人ほどに激減した。そこで、伝統文化と技能を絶やさず後世に伝えていこうと、2017年2月、札幌の経済界有志により「さっぽろ芸妓育成振興会」が設立された。秋元さんはその一期生だ。

日本の伝統文化へのあこがれ

 「学生の頃から日本文化に興味をもっていました。神社やお寺を訪ねたり、浮世絵や五社英雄監督の時代劇映画などに関心がありました。着物を見たり、着ることもとても好きで、普段の外出にも着ていたほどです」。秋元さんが抱いていた日本の古い文化へのあこがれは、インターネットを通して知った「さっぽろ芸妓育成振興会」の募集に応募する動機になった。

 「両親からの反対はありませんでした。ただ、芸者になるため京都へ行くというのなら分かりますが、札幌にも花柳界があるということを知らなかったので、最初は半信半疑のようでした」

 面接を経て採用されると、さっそく踊り・三味線・唄の稽古が始まった。

 「稽古は毎朝10時すぐに始まるので、朝早くから起き、着付けや化粧などの準備をします」

 本来であれば座敷にでるには稽古を1年、2年と積んでからだ。しかし、秋元さんは3カ月間ほどで本番に臨むことになる。

 「置屋のおかあさん(女将)が、早く私を座敷に慣れさせようとしたからでしょう。座敷に出るようになるにつれ稽古に熱がはいり本格化してきました」

 芸妓としての1年目は舞踏を主とする「立ち方」(たちかた)を、2年目からは「地方」(じかた)として唄や三味線・鳴り物を受け持つようになった。

芸妓を辞めた理由

三味線を弾きながらうたう秋元麻依さん。日系文化センター・博物館にて、2022年7月。Photo by Koichi Saito
三味線を弾きながらうたう秋元麻依さん。日系文化センター・博物館にて、2022年7月。Photo by Koichi Saito

 「接客では、伝統芸能を見せるというだけでなく、ウイットをからめた会話力も必要で、その点が私にとっては次なる挑戦でした」。その一方、「伝統的な日本料理を味わったり、さまざまな分野で活躍するお客様からの話にはいろいろと教えられました。同世代ではなかなか経験できないような機会を与えられた」と振り返る。

 だが秋元さんは、「封建的な世界の名残りが芸妓文化にはある」という。「その中で、私は委縮していました。花柳界で守らなければならない多くの決まりは、マイペースでいきたいという私の気持ちにそぐわず、私らしさがなかなか発揮できないと気づいてきました。ずっと悩み、このまま芸者として働きたいかと自分に問うと、そうじゃないと思うようになりました。朝早くから夜遅くまでの生活が体力的に厳しかったこともあります」。悩んだ末、秋元さんは芸妓として働くことをあきらめることにした。

 「熱心に指導してくれたおねえさん(先輩芸妓)たちに、辞める決心を話すことは、とても難しかったです。説明しながら涙が止まりませんでした」

カナダにきたこと、将来のこと

 海外で過ごしてみたいと以前から思っていた。その実現にカナダを選んだ理由は、知り合いの日本人がノース・バンクーバーに住んでいたから。現在、秋元さんはバンクーバー市内でホームステイをしている。日系のパスタ店で働きながら、英語学校にも通っている。

 「人目を気にせず自由に過ごせる時間を楽しんでいます」

 今年6月、日系文化センター・博物館のプログラムに日本舞踊「彩月会」があることを知った。ウェブサイトを通して自己紹介すると、三味線を弾き唄がうたえることになった。この夏は、「彩月会」のメンバーと共に、9月3・4日開催、同センターの「日系祭り」でのお披露目を目指し稽古の真っ最中だ。

 「語学学校の友達が英語を学んでいる目的や将来の計画を話しているのを聞きながら、私自身のこれからについてもよく考えます。芸妓に戻ることはないが、やはり芸術分野の興味や特技を生かした仕事をしたい。でも、まだはっきりとしたゴールが見えません」と語る秋元さん。

 ワーキングホリデーが明ける来年4月には日本へ帰る。それまでに、やってみたいことがある。

 「バンクーバーの通りで三味線を弾くパフォーマンス」。声が弾んだ。

(取材 高橋文)

三味線を弾きながらうたう秋元麻依さん。日系文化センター・博物館にて、2022年7月。Photo by Koichi Saito
三味線を弾きながらうたう秋元麻依さん。日系文化センター・博物館にて、2022年7月。Photo by Koichi Saito

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