まだ100%安心ではないものの、コロナの規制が大幅に緩んできたため、この夏は「待ってました!」とばかりに人々が東西南北に移動している。
楽しいパーティーやイベントを開催したり、旅行に出かける人が多い一方、ワクチン接種を完了しながらも、帰宅後に陽性反応が出てしばらく自主隔離を余儀なくされている人も少なくない。
そんな状況下とはいえ、ビクトリア島の日系社会でも最新の注意を払いつつ、ここ2~3年停止していた各種の行事が再会した。本土と違い、バンクーバー島の日系社会の状況は知られることが少ないため、ここにその幾つかの行事を紹介しよう。
(1)BC州からの100万ドルのリドレス(謝罪補償)パッケージの授与‐5月21日:
この日スティーブストンにおいて、ホーガンBC州首相を迎え日系カナダ人コミュニティーに対し100万ドルの授与式が行われた。これは日系カナダ人の教育、健康、文化などの育成のために支払われたものである。本土での授与式に参列できなかったビクトリア在住の日系サバイバーたちと、関係者35,6人はビクトリア大学に集まりネット放送された式を見守った。
(注:今回の授与は、当時日系人に対する排斥の強かったBC州政府からのもので、連邦政府からのリドレスは88 年に終了している)
(2)ゴージパーク(Gorge Park)・パビリオン・グランドオープニング式典‐6月18日:
戦前は日系人のタカタ家の私有地に、日本風の造りを施し軽食がエンジョイ出来たTea Gardenを中心とした遊園地があり市民の憩いの場所であった。しかし1942年に日系人が強制収容所に送られた前後に消滅し、以後所在地のEsquimalt市のものになった。今夏そこに木をふんだんに使った落ち着きのあるコミュニティー・センターと日本庭園が復活し、4世代のタカタ家一族が集合し盛大な式典が行われ一般に公開された。
(3)戦時中の強制収容所送りから80周年目の記念ランチョン‐7月10日:
戦時中強制収容所に送られた日系カナダ人のサバイバーたちを讃えるランチが市内のホテルで開催された。実際の体験者やその家族たちの語る数多くの実話をまとめたビデオも公開され、それぞれの戦中戦後に耳を傾けた。バンクーバーから羽鳥総領事も出席され祝辞を述べた。
(4)ローヤル・ロード大学(Royal Road University)でのガーデンパーティー‐7月24日:
当大学には100年ほどの歴史を持つ日本庭園があるのだが、年月と共に傷みが目立つようになっていた。そのため新たな息吹を吹き込む計画が浮上し、禅/盆栽ガーデン/茶室なども加味される壮大なプロジェクトが動き出した。数年を予定している大掛かりな仕事のランドスケープデザインを任されたのは、本土Burnaby 在住の造園デザイナー小川隼人氏。
爽やかに晴れた夏日の午後、大学の総長主催の前祝賀ガーデンパーティーが開催され、日本人を含む多くの招待者たちは将来の日本庭園に想いを馳せた。
(5)長崎/広島メモリアルイベント‐8月9日:
1945年の広島/長崎への原爆投下から77年目の今年は、ロシアによるウクライナ侵攻が半年を迎え、プーチン大統領がチラつかせる核戦争の恐怖に世界中がおののいている。日本での悲劇が、ウクライナで繰り返されることのないように参列者全員が祈りを捧げた。新装なったゴージパーク・パビリオンの前庭で、盆踊り、太鼓などの演奏後幾つもの灯篭が池に浮かべられた。
(6)お盆の墓参り‐8月14日:
毎年8月半ばにはスティーブストンの仏教会からグラント・イクタ開教師を招き、お盆の行事を行っていたが今夏3年振りにそれが復活。朝9時から昼までは150個ほどの墓石をボランティアが掃除し、その一つ一つに生花、子供の墓には縫いぐるみなどを手向けた。続いてイクタ開教師が祈りを捧げ参加者が焼香をした後は、茶菓が振舞われ歓談のひと時を持った。
(7)日本文化祭‐8月27日:
ビクトリアで開催されるエスニック関連のフェスティバルは各種あるが、日系文化協会が催すJapanese Cultural Fairは特に大人気で通常1000人近い人が来場する。日本食、またThings Japaneseと称される日本関連の品々の販売は特に人気があり飛ぶように売れる。この行事も二年間ブランクがあったが、新装なったGorge Park Pavilionでの初の開催を楽しみにしている人は多い。
サンダース宮松敬子
フリーランス・ジャーナリスト。カナダに移住して40数年後の2014年春に、エスニック色が濃厚な文化の町トロント市から「文化は自然」のビクトリア市に国内移住。白人色の濃い当地の様相に「ここも同じカナダか!」と驚愕。だがそれこそがカナダの一面と理解し、引き続きニュースを追っている。
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