エドサトウ
九州歴史博物館を出たトオルとカナは、近くのラーメン屋さんで博多の名物ラーメンを食べながら、話を続ける。
トオルが「横穴の石窟古墳は高句麗あたりで見られるらしいけれど、その出来上がりの形とか、大きな石の積み上げ方は日本の古墳の方がすぐれているように見えることは、日本には縄文時代から受け継いだ、かなり高い文化がミャンマーとかベトナム方面から、日本へ伝えた海洋民族がいたと想像すれば、エジプト文明とかかわったユダヤ人の一部が日本に来ていたのだろうと考えられなくもない」と言えば、カナも「日本の能は『ギリシャ悲劇』と共通点があるというけれど、田中先生の『日本にやって来たユダヤ人』を読めば、<日本の建国の紀元前660年に第二派として渡来したユダヤ人の一部が諏訪に入り、守矢氏の血統につながったということでしょう。守矢氏を中心にした諏訪の地へ、出雲で王朝を築いていた秦氏の集団が、同じ同化したユダヤ人として移住したことが『古事記』では、建御名方神の諏訪入りとして、描かれたのではとーーー>あるから、当然、エジプト方面から、長い年月をかけて日本へ来たユダヤ人から『ギリシャ悲劇』の影響を受けたとも想像できるわ!」と言えば、トオルが「同感だ」と答える。そして「弥生時代は約一万年続いた縄文時代が大きく変化した時代か?西日本は冬もわりと暖かいから蚕もかうこともできたし、鉄が入ってくれば、農業生産も飛躍的に伸びて、そこへ渡来人が寒気で食料が少なくなり、大量に移住してきたりして、いろいろ問題が起きて、スサつまりヘブライ語で馬を意味するらしいのだけれど、日本名のヤマトタケルスサノウノミコトが馬に乗り日本中を回り、統一国家を創ったと想像するのも楽しいな!それに、壬申の乱のころまでは朝鮮には、あまり大した文化もなかったという説もあるから、縄文文化から発展した日本の方が文化的には高かったようにも思えるけど。今日は楽しい一日だったよ」
二人は最終の新幹線に乗り、帰路につく。新幹線が静かに動き出すと、二人はいつの間にか居眠りをしていた。
古代の日本から二千年、エジプト文明以上の文明をつくりあげた現代日本文化も面白きものである。
カルラは現代の火の鳥とも言うべき新幹線に乗り時空の旅をしているのであろうか。いや、バーチャルの世界かもしれない?
投稿千景
視点を変えると見え方が変わる。エドサトウさん独特の視点で世界を切り取る連載コラム「投稿千景」。
これまでの当サイトでの「投稿千景」はこちらからご覧いただけます。
https://www.japancanadatoday.ca/category/column/post-ed-sato/