5 ☆ 「ただのコーヒー」とは・・・?

 コロナ騒動もようやく収束へと向かい、人出なども増えて、まずは一安心。そんな折、4月半ばから、メトロタウンのモールの中にある幼児教育学校の教室で「日本語教師養成講座」を始めた。校長先生からのうれしい依頼だが、なんと彼女、日本語教師養成講座の卒業生であり、しかも場所は昔々(1996年)、矢野アカデミーをメトロタウンに開校したときと同じ教室で、二度びっくり。運命に導かれた素敵な赤い糸を感じた。やはりオンライン授業とは異なり、教室での対面授業は楽しくやりがいがある。

 そんな訳で、ときどきメトロタウンに出かけるようになり、先日モールの中で、突然声を掛けられ、またまたびっくり。ナント昔の生徒である。早速、フードコートでコーヒーを飲むことになり、こんな会話が 「僕がコーヒー買ってきます。先生、ナニがいいですか」「ありがとう、普通のコーヒーでいいよ」。そしてコーヒーを飲みながら、今は社会人で日本語上級のK君からこんな話が飛び出した。

 学生のころ、日本のアニメを見ていて、場面はデイト待ち合わせの喫茶店。彼氏が少し遅れてきて、「ごめん、ナニ飲んでるの?」、彼女少し怒った感じで、「ただのコーヒーよ」。こんな会話でしたが、なぜ喫茶店に「ただのコーヒー」があるのか、その時はとても不思議に思ったとのこと。今は何となく分かりますが、先生の「普通のコーヒーでいいよ」で思い出しました、である。うーん、なるほど。おもしろい。

 日本語教育において、この「ただ」は確かにやっかいである。最初はお金がかからない、「無料」という意味を教える。「入場料はただです」や「コーヒーはただです」など。

 でもこの「ただ」は他にも使い方がある。例えば「彼女はただの友達です」などで、この「ただ」は特別なガールフレンドではなく、「普通の友達」を表わすときに使うと教えなければならない。英語ではさしずめ「She is just a friend」であろうか。もちろん「無料の友達」などあり得ないので比較的分かりやすいが、「ただのコーヒー」は確かにややこしい。

 さらに、「スカイトレインのタダ乗りはダメ。見つかったらタダではすまないよ」なども・・・。うーん、日本語って複雑。ただの日本語教師としては、無事に授業が終わることをただ祈るばかりである。

 ただひたすら「ただ」のことを考えていたら、こんな表現が頭に浮かんだ。「ロハにして」である。これは「タダにして」の意味で、語源は「ただ」の漢字「只」を分解するとカタカナの「ロ」と「ハ」で「ロハ」。昭和の初めごろから若者言葉として広まったようで、はるか昔、学生時代に行きつけの食堂などで使った記憶がある。でも昭和も後半になるとすっかり姿を消して、とっくに死語になっているとか、そんなバナナ。「昭和は遠くなりにけり」である。

矢野修三(やの・しゅうぞう)
1994年 バンクーバーに家族で移住(50歳)
    YANO Academy(日本語学校)開校
2020年 教室を閉じる(26年間)
現在はオンライン講座を開講中(日本からも可)
・日本語教師養成講座(卒業生2900名)
・外から見る日本語講座(目からうろこの日本語)    
メール:yano@yanoacademy.ca
ホームページ:https://yanoacademy.ca