大塚圭一郎
7月初め、日加トゥデイの方から携帯電話に着信があり、「お世話になっております」とお互いにごあいさつした後に用件の会話に移った。
日加トゥデイ「コラム『カナダ“乗り鉄”の旅』の記事に併用するという写真を電子メールで受け取ったのですが、間違えた写真が届いたのかと思いまして」
私「いえ、『カナダ』で撮った写真をお送りしたはずですが」
日加トゥデイ「そう思って写真を開いたのですが、漢字で書かれた駅名が写っていまして」
私「確かに『カナダ』と書いた駅名標の写真をお送りしました」
日加トゥデイ「えっ、カナの駅名ですか?見当たりませんね…」
私「カナの駅名というと、マキノのことですか?」
日加トゥデイ「マキノという者は当社にいないのですが…」
【注】今回のコラムで上記の話だけはフィクションです。マキノは滋賀県高島市にあるJR西日本湖西線の駅名です。
日加トゥデイの方とこんなちぐはぐな会話にはなることはないと確信しているものの、連載「カナダ“乗り鉄”の旅」のわずか2回目でこんな“変化球”を投げていいのだろうかと自問自答したのが今回のテーマだ。というのも、私が「カナダ」で乗り鉄を楽しんだのは間違いないものの、日本にある「カナダ」だからだ。
本社と車両基地もある主要駅
日本の鉄道切符で訪れることができる「カナダ」は福岡県などが出資する第三セクター、平成筑豊鉄道の駅だ。漢字表記は「金田」で、平成筑豊鉄道の伊田線と糸田線が乗り入れ、本社と車両基地もある。
この駅名は、所在地の旧町名の福岡県金田町(かなだまち)に由来する。かつて石炭産業で栄えていた金田町は「平成の大合併」で2006年3月にいずれも福岡県の方城町(ほうじょうまち)、赤池町(あかいけまち)と合併して「福智町(ふくちまち)」に改名された。
駅からはともに温泉施設の「日王の湯(ひのうのゆ)」や「ふじ湯の里(ふじゆのさと)」にアクセスできる。平成筑豊鉄道の1日乗車券「ちくまるキップ」(大人千円)を買えば、これらを含めた温泉施設のうち1カ所で入浴できるのでお得だ。
ユニークな読み方の駅名に目を付けた私は、勤務先の福岡支社在任中に一計を案じたことがある…。
『CANADA』に“改名”を提案
「福岡市での20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行会議を前に、駅名標のローマ字表記を現在の『KANADA』から、カナダの国名と同じ『CANADA』に変えてはどうですか?」。金田駅を訪れた19年3月、平成筑豊鉄道の河合賢一社長にそう提案した。
河合社長は「それはいい考えですね!駅名の看板の『K』を『C』に塗り替えれば良いだけだからペンキ代しかかからないし」と色よい返事だった。このため、その日のうちに存じ上げている駐日カナダ大使館の方々にお送りしたメールで経緯をご報告して「カナダファンの1人として実現を祈っています!」としたためた。
大使館の方からは「実現したら大塚さんの名は歴史に残りますね!」と返信を頂いたが、私利私欲で売り込んだわけではもちろんない。
なぜメールで報告したかというと、もしもローマ字表記の“改名”が実現した場合はカナダ当局が歓迎し、G20出席のため福岡県を訪問することが固まっていたウィリアム・モルノー財務相(当時)が立ち寄るチャンスもあるかもしれないと期待したからだ。
平成筑豊鉄道は元号「平成」を社名に冠した唯一の鉄道会社として知られ、19年5月1日には元号「令和」への改元で社名が過去の時代になることが注目を集めていた。
さらにカナダの大臣訪問という二の矢を放てば、「日本の鉄道切符で行ける『カナダ』」として旅行者の呼び込みを強化できる千載一遇のチャンスとなるかもしれない。沿線の過疎化や少子高齢化が打撃となり、本業の損益を示す営業損益が万年赤字状態(22年度は2億9846万円の赤字)の平成筑豊鉄道にとって干天の慈雨になるとひそかに願っていた。
駅名標の行方は
果たして駅名標は変わったのか?結論を言うと、「CANADA」のローマ字表記は実現した。ただし、私がそれを知ったのは、提案してから4年が経過した今年6月のことだ。
本稿の執筆のためにメールでお送りした質問に対し、河合社長が「数年前にホーム上の駅名看板のローマ字を1カ所だけCANADAとしてみました」と打ち明けたのだ。「ちょうど更新のタイミングで特に深い考えはありませんでしたが、面白いと思った社員の発案」で実現したそうで、G20とは「関連は特になかった」という。
つまり駅名のローマ字表記の「KANADA」は維持しながらも、話題喚起を狙って駅名標のうち1カ所だけ「CANADA」に変えたということだった。
“神ってる”駅名に!?
「日本にある『CANADA』」が実現したのは喜ばしいが、駅名標の写真を眺めて「惜しい!」と思った。
それは駅名標に書かれた伊田線の南隣にある上金田駅(福智町)のローマ字表記が「KAMI-KANADA」のままだった点だ。もしも同じように「KAMI-CANADA」に変更すれば、「神カナダ」と読むこともできる“神ってる”駅名になるからだ。
「ラブ・レター・トゥー・カナダ」と受け止められるローマ字表記は、「ラブ・レター・フロム・カナダ」の歌詞が脳裏に焼き付いて離れない往年のヒット曲「カナダからの手紙」への“返歌”のようだ。カナダからの旅行者のハートに刺さって交流サイト(SNS)などで紹介され、新型コロナウイルス禍から旅行者回復の一助になるかもしれない。
次に金田駅または上金田駅の駅名標を更新する機会には、ローマ字表記に「KAMI-CANADA」を採用してはいかがだろうか。もっとも仮に実現したとしても、私のずぼらな性格が災いして4年後にその事実を知るという展開が待ち受けているかもしれないが…。
【平成筑豊鉄道】
福岡県福智町に本社を置く第三セクターで、福岡県と沿線自治体の同県田川市、直方市、行橋市などが出資して1989年4月に設立された。旧日本国有鉄道(国鉄)の赤字路線だった伊田線、糸田線、田川線(営業キロ計49・2キロ)をJR九州から引き継いで89年10月から運行。非電化路線で、ディーゼル車両を走らせている。2009年4月からは北九州市の委託を受けてトロッコ列車「門司港レトロ観光線」(2・1キロ)も運行。
発足当初はJR九州時代に比べて旅客列車の運転本数を増やし、新駅を順次開業する積極策に打って出て、ピークの1992年度の利用者数は約342万人に上った。その後は減少傾向をたどり、2022年度の利用者数(門司港レトロ観光線を除く)は約121万人とピーク時の3分の1強に落ち込んだ。22年度の全体の旅客運賃収入は2億5179万円と、新型コロナウイルス禍前の19年度を19・0%下回っている。
19年3月からはフランス料理を楽しめるレストラン列車「ことこと列車」を運転。新型コロナ禍による一時運休後に23年3月21日から再開し、河合賢一社長は「お客様からの評価が高い乗務スタッフによるおもてなしに磨きをかけたい」と意気込んでいる。
大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社ワシントン支局次長・「VIAクラブ日本支部」会員
1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て2020年12月から現職。運輸・旅行・観光や国際経済の分野を長く取材、執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。
優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を13年度から務めている。共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)などがあり、CROSS FM(福岡県)の番組「Urban Dusk」に出演も。他にニュースサイト「Yahoo!ニュース」や「47NEWS」などに掲載されているコラム「鉄道なにコレ!?」、旅行サイト「Risvel」(https://www.risvel.com/)のコラム「“鉄分”サプリの旅」も連載中。