緻密なペンの描線で、壮大な世界を描き出す画家として、日本の個展で30万人を魅了した池田学さん。 池田さんの代表作60数点を集めた北米初の大規模個展がウィスラーのオデイン美術館で開かれている。
池田さんが新作を公開制作する特別プログラムも見逃せない。国際的アーティストの現在進行形の創作を目の当たりにできる貴重な機会となる。
先月24日から10月9日までオデイン美術館で開かれている、池田学さんの北米初の大規模個展「Flowers from the Wreckage」では、代表作「予兆 Foretoken」(2008)、「Meltdown」(2013)、「誕生 Rebirth 」(2013-16)など、世界の美術館や個人の所蔵品など60数点の作品が展示されている。
特別に設けたスタジオギャラリーでは、池田さんが2019年から海を主題に描き続けている3mx6mの新作を、活動拠点のアメリカ・ウィスコンシン州マディソンからウィスラーに運び、公開制作を行なっている。オデイン美術館で初めての試みだ。
池田さんは一貫して、ペン先が1mmにも満たない丸ペンやGペンと主にアクリル顔料インクを使う、緻密なペン画を描き続けている。丸ペンは、細くて精密な線が描けるペンで、地図の等高線を引く際に使われたり、漫画のキャラクターの瞳などの質感、背景などの細かい部分を描くのに多用されている。そのペン先は微小で、1日8~9時間を費やしても描けるのは10cm四方ほどだ。一つの作品に1年以上かかることも少なくない。
ダイナミックな自然を捉える池田さんの作品は、近づいてみると莫大な情報量のミクロな世界が仔細に描き込まれている。それらは観るものそれぞれの経験、記憶を呼び起こし、想像の翼を広げる装置となる。
池田さんのペン画の筆致は素早く繊細だ。ペンを軽く持つので、意外なことにペンダコもできず、腱鞘(けんしょう)炎にもならないという。唯一手の支点となるところが固くなっているそうだ。池田さんは、数年がかりの大作「誕生 Rebirth」の制作終盤で右手をけがし左手で仕上げた経験を教訓に、長期戦に備えるアスリートのように体調を管理している。
「海も山もないマディソンで写真を見たり、想像を膨らませて海を描いていたが限界を感じていた。ウィスラーの山々の圧倒的な迫力に、突き動かされてすごい勢いで作品が動き出している」
先月ウィスラーに到着してからの筆の進みを池田さんは満足そうに語った。
2013年からマディソンに拠点を置いて活動している。
「ペン画を続けることに変わりはないが、アメリカという広大な国に10年住んで、装飾的なものをたくさん描くのではなく、部分より全体を捉えて描きたいと感じるようになった。2019年から取り掛かっているこの作品は、海の表面の、塊、量感を大事にしたいと思っている」。ウィスラーの自然に溶け込むさまざまな意匠が凝らされているオデイン美術館は、自然光が溢れる大きな空間で、制作中の3mx6mの大作を壁にかけて全体のバランスを見ることができる。
「今までの小さな部分を積み上げる描き方ではなく、全体を見て量感を高めるインスピレーションが湧いてきた。薄く絵の具を引いて影を入れてから塗り重ねるような手法を試している。今回は、波にキャラクターを書き込むようなことはせず、細かい点や線でどれだけ広大なものが表せるのか挑戦したい」
ウィスラーマウンテンの壮大な景色と環境が池田さんを新たな海へ誘っている。
後編「バンクーバーの出会いから続く挑戦」に続く。
池田学「Flowers from the Wreckage」
開催期間:2023年10月9日まで
場所:Audain Art Museum(4350 Blackcomb Way, Whistler, British Columbia)
ウェブサイト: https://audainartmuseum.com/
(取材 大倉野昌子)
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