「カナダ“乗り鉄”の旅」第4回 カナダと米国の国境縦断列車、出ばなをくじかれた理由は

大塚圭一郎

アムトラックのディーゼル機関車が客車を引いた列車。「アディロンダック」ではありません(2023年7月22日、米バージニア州で大塚圭一郎撮影)
アムトラックのディーゼル機関車が客車を引いた列車。「アディロンダック」ではありません(2023年7月22日、米バージニア州で大塚圭一郎撮影)

 カナダ第2の都市のモントリオールと米国の主要都市ニューヨークを結ぶ国境縦断列車「アディロンダック」は半日かかり、エア・カナダのジェット旅客機を利用した場合の約1時間半よりはるかに長い。それでも根強い人気があり、今年4月3日に新型コロナウイルス禍から約3年ぶりに運行を再開すると歓迎ムードが広がった。しかしながら、ある理由で出ばなをくじかれる展開になってしまった―。

列車名は沿線山地に由来

 アディロンダックは米国の都市間旅客列車を走らせている全米鉄道旅客公社(アムトラック)が運行しており、カナダでの運行はVIA鉄道カナダが協力している。ニューヨーク中心部マンハッタンにあるペンシルベニア駅(ペン駅)とモントリオール中央駅の約610キロを南北に縦断し、米ニューヨーク州とカナダ・ケベック州を通る。

摩天楼が林立する米ニューヨーク中心部のマンハッタン(22年11月6日、米ニュージャージー州で大塚圭一郎撮影)
摩天楼が林立する米ニューヨーク中心部のマンハッタン(22年11月6日、米ニュージャージー州で大塚圭一郎撮影)

 ニューヨーク州内ではハドソン川と併走して走ったり、列車名の由来となっているアディロンダック山地を遠望したりでき、モントリオール中央駅の近郊ではセントローレンス川を渡ったりと見所の多い車窓が売りだ。

 山地に名付けられたアディロンダックは先住民「モホーク族」の言葉で「アメリカヤマアラシ」を意味する。最高峰のマーシー山は標高1629メートルと日本の東北地方にある栗駒山と同じくらいで、全体的になだらかな山々が連なっている。

 列車が通る区間の大部分は電化しておらず、アムトラックのディーゼル機関車が客車を引いた列車が1日に1往復するだけだ。このため輸送力は限られるが、時間はかかっても沿線の景色をゆっくりと眺めることができ、比較的手頃な運賃で両国を行き来できる手段として固定的なファンも多い。

 それだけに新型コロナの感染拡大で2020年3月に運休すると、「隣国のカナダが一気に遠い存在となってしまった」と肩を落とす米国人もいた。

パズルの残された1ピース

アムトラックが運行する列車「カスケーズ」(21年8月3日、米オレゴン州ポートランドで大塚圭一郎撮影)
アムトラックが運行する列車「カスケーズ」(21年8月3日、米オレゴン州ポートランドで大塚圭一郎撮影)

 米国とカナダを直通する列車には他に米ニューヨーク・ペン駅とカナダの最大都市トロントのユニオン駅を結ぶ「メープルリーフ」、米西部オレゴン州ポートランド、ワシントン州シアトルとカナダ・バンクーバーのパシフィック・セントラル駅を結ぶ「カスケーズ」がある。ともにアムトラックとVIA鉄道が運行に携わっている。

 これらも新型コロナ流行後に運行を取りやめたが、2022年に順次再開してジグソーパズルの残された一つのピースがアディロンダックとなった。それだけに今年4月3日に満を持して再開すると、新型コロナが収束して隣国同士のカナダと米国を自由に往来できるようになった象徴の一つと受け止められた。ニューヨーク発モントリオール行きの列車番号「69」が4月3日に再開し、モントリオール発ニューヨーク行きの列車番号「68」は折り返しの4月4日が再開後の一番列車となった。

 VIA鉄道のリタ・トポロフスキー最高顧客責任者(CCO)は再開時に「アムトラックと組んで人気列車の運行を再開できることに興奮している。再開はカナダ人と米国人が再び旅行をできることに興奮し、鉄道旅行を選択する人が広がっていることを示している」と歓迎するコメントを出した。

まさかの大どんでん返し

米ニューヨーク中心部にあるペンシルベニア駅の駅舎(23年8月14日、大塚圭一郎撮影)
米ニューヨーク中心部にあるペンシルベニア駅の駅舎(23年8月14日、大塚圭一郎撮影)

 ところが運行再開から3カ月もたたないうちに、まさかの大どんでん返しが待ち受けていた。アムトラックはアディロンダックの運行区間を6月24日から「当面の間」短縮し、ニューヨーク・ペン駅とニューヨーク州の州都オールバニにあるオールバニ・レンセラー駅の間だけで走らせることを明らかにした。7月24日以降は運行区間をニューヨーク州のサラトガ・スプリングス駅まで延長したものの、国境を縦断しないニューヨーク州内の区間運行列車に“転落”してしまったのだ。

 アムトラックは即座に「原因はカナダ側にある」と主張した。複数の米メディアによると、背景にはこのような事情があった。アディロンダックがカナダ国内で走る線路は鉄道貨物大手、カナディアン・ナショナル鉄道(CN)が保有しており、気温が摂氏30度を超えている場合は制限速度を時速16キロに抑えるルールを適用した。

 ルールは猛暑による線路の熱膨張で列車が脱線するのを防ぐため、前方を安全確認しながら運転できるようにするために講じられた。早速、6月中旬の気温が30度を超えた日にアディロンダックにルールが適用され、カナダ国内の約76キロの区間だけで4時間半かかったため大幅な遅延につながった。

遅れてもLCCより「良い仕事」と自賛

米ニューヨーク・ペンシルベニア駅のコンコース(23年8月14日、大塚圭一郎撮影)
米ニューヨーク・ペンシルベニア駅のコンコース(23年8月14日、大塚圭一郎撮影)

 とはいえ、アムトラックと言えば「時間通りに到着したけれども、予定日の1日遅れだった」という冗談もあるほど“遅れの常習犯”だ。

 アムトラックの“ドル箱路線”となっているニューヨークを経由している米マサチューセッツ州ボストン―首都ワシントン間の「北東回廊」にニューヨーク・ペン駅から米首都ワシントン・ユニオン駅まで乗った際、ワシントン到着が約30分遅れたことがあった。客室乗務員の男性は到着前の車内放送で「遅れたけれども、このくらいの遅れならばジェットブルー航空よりは良い仕事をしたでしょう」と自賛し、相次ぐ遅延が問題化している格安航空会社(LCC)と比較してマウントを取って笑いを誘っていた。

 万が一、東京駅に約30分遅れた東海道新幹線の車掌が到着前の車内放送で「ピーチ・アビエーションに比べればわずかな遅れで済みました」と話そうものならば、JR東海のサービス相談室に「遅れたことを言い訳した」「他社を批判するとは無礼だ」といった苦情の電話が相次ぐ光景が目に浮かぶ。米国は訴訟社会という面倒なお国柄の一方で、日常のささいな出来事は笑い飛ばすような鷹揚(おうよう)さも兼ね備えているから不思議だ。

 逆にワシントンに予定通りの時刻に到着したアムトラックの電車では、女性の客室乗務員がここぞとばかりに車内放送で「定刻の到着です」と恩着せがましく繰り返していた。 それだけに、アディロンダックが制限速度のために遅れたところで「いつものことだろう」と利用者も割り切っているのではないかと推察する向きもありそうだ。

運行に積極的ではない理由

カナダの第2の都市モントリオールの街並み(18年5月23日、大塚圭一郎撮影)
カナダの第2の都市モントリオールの街並み(18年5月23日、大塚圭一郎撮影)

 だが、“遅れの常習犯”のアムトラックであっても、30度を超える真夏日が見込まれる夏本番を控えてカナダ国内を時速16キロに制限される事態は我慢ならなかった。遅延が頻発して走らせることにアムトラックが及び腰なのは、このような理由がある。

 アディロンダックの利用者はニューヨークとモントリオールの都市間輸送にとどまらず、ニューヨーク・ペン駅でアムトラックの北東回廊線などと乗り継ぐ利用者もいる。モントリオール中央駅では「両海岸の間にあるカナダのコミュニティーと結ぶVIA鉄道の列車と接続する」(VIA鉄道のトポロフスキーCCO)のを売りにしている。

 したがってアディロンダックが遅れた場合、利用者が接続列車に間に合わなくなるトラブルが頻発しかねない。アディロンダックからの接続列車に間に合わなくなる利用者から苦情を受けるのにとどまらず、代わりの列車の予約に労力を割かれることになる。

 さらに列車が遅延すれば乗務員の残業時間が発生したり、他の乗務員を手配したりしてコストが膨らみかねない。アディロンダックは慢性的な赤字列車で、ニューヨーク州が赤字を埋めるために補助金を出して支えている。新型コロナ流行前の2019会計年度(18年10月~19年9月)には80万米ドル(1米ドル=140円で1億1200万円)の営業赤字を出していた。

 遅延が続出して利用者からの批判の矢面に立ち、さらに赤字を一段と膨らませてもアディロンダックをカナダ国境の向こうまで走らせる動機がアムトラックにはない。

 よって「新たな動きを公表するまでは」ニューヨーク州内だけの区間短縮運行を続けると表明している。列車名はニューヨーク州内の山地から命名しているため、それでも「看板に偽りなし」ではあるのだが…。

【アムトラック】
米国の都市間旅客鉄道を運行している連邦政府出資の公社。日本語名は「全米鉄道旅客公社」で、首都ワシントンに本社を置いている。マイカーの普及や航空機の発達を背景に業績不振に陥っていた鉄道会社の旅客部門を引き受ける形で、1971年に発足した。慢性的な赤字を連邦政府と州政府の補助金で支えており、2022会計年度(21年10月~22年9月)の総売上高は29億9749万米ドル(約4196億円)、最終的なもうけを示す純損益は18億2768万米ドル(約2559億円)の赤字だった。

共同通信社ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社ワシントン支局次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て2020年12月から現職。運輸・旅行・観光や国際経済の分野を長く取材、執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を13年度から務めている。共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)などがあり、CROSS FM(福岡県)の番組「Urban Dusk」に出演も。他にニュースサイト「Yahoo!ニュース」や「47NEWS」などに掲載されているコラム「鉄道なにコレ!?」、旅行サイト「Risvel」(https://www.risvel.com/)のコラム「“鉄分”サプリの旅」も連載中。