今泉監督には独特の個性がある。俳優やファッションデザイナーのような雰囲気があり、監督にとどまらない多面性を感じさせる。それもそのはず、彼はNCU(名古屋市立大学芸術工芸学部)を卒業し、吉本お笑い芸人養成学校、ニューシネマ映画学校など複数の映画勉強を経て、映画館でのアルバイト、映画監督/俳優養成学校への就職、先輩監督の俳優ワークショップアシスタントなど、さまざまな角度から映画の勉強と経験を積んできた監督だからだ。
20本に及ぶ長編映画の他に、短編映画、テレビドラマ、ウェブドラマ、ミュージックビデオ、プロモーションビデオなど製作幅が広く、代表作として「Sad Tea/サッドティー」「Just Only Love/愛がなんだ」「By The Window/窓辺にて」などが挙げられる。売れない映画監督やライター、オタク、恋愛下手な女性などの主人公が共感を呼び、東京国際映画祭でも観客賞を受賞している。
そんな今泉力哉監督がVIFF(バンクーバー国際映画祭)のために東京から、9月21日、日加トゥデイのインタビューに応じてくれた。
今泉映画について
映画「Undercurrent/アンダーカレント」は今年VIFFのパノラマ部門に招待された作品。応募4,168点という世界各地からの作品の中で、特に注目度の高い映画を集めた部門での招待。映画のタイトルは「下層の水流」/「底流」という意味で、2004年に漫画家の豊田徹也氏により連載され、2005年に単行本化。2009年にパリのJAPAN EXPOで賞を受賞している。
主人公は真木よう子演じる1人で銭湯を経営している女性。彼女の夫は失踪して行方不明中であり、見かねた友人が探偵を紹介する。同時に少し暗くて地味な男性(井浦新)が銭湯の仕事を求めてやってくる。映画前半で人ごとのように見ていた観客も後半に入ると、まるで自分が重いものを目撃してしまったように慌てふためいてしまう。これは一体何なのか?ヒューマンドラマであり人間スリラー劇ともいえるような恐るべき展開。「人をわかるってどういうことですか?」という探偵のさりげない言葉が光る…
これは「誰が犯人か、謎は何なのか、というようなサスペンス映画ではないです」と今泉監督。原作の構成に準じた脚本を立ち上げるために、まず漫画家の豊田徹也氏と何度かミーテイングを持ったという。その最初に「この作品をサスペンスにすると後で大したオチがない」と言った豊田氏の意見に耳を傾けた。
そして原作の根本にある「人をわかるということ」について考えたと言う。「人のことはわからない。相手のことを知らない。知ろうとするけれど知ることができない。さらに(人は)本当の自分のことすらよくわからない。それでも、あきらめないで知ろうとすること、理解しようとすることが大切なのではないか?」というように、そこで起きている人間関係に焦点を置いた。「漫画に書いてある言葉と、人が発する言葉は微妙に違うので」と説明する監督は、漫画の言葉を受け止めながら、「耳で聞いてわかりやすい言葉」に直して独自の脚本を立ち上げたと話す。特に興味深いのは、出演する俳優ほぼ全員が、映画の中で均等に大切なセリフを語っていることだ。
いつも一緒にいた人がある日黙って消える。残されたトラウマを抱えた人々にとって、その理由を知った方がよいのか、知らない方が幸せなのかと迷うように進行するストーリー。他人を理解した方がよいのか知らない方がうまくやっていけるのか、さりげない問題を無視するのか大きな問題にするか、人が社会におけるさまざまな選択にも映画は問いかける。
美しさと言葉
今泉監督映画に出演する俳優はだれも画面に綺麗に写っている。「監督としてどういうものを期待するか、どういうものに惹かれるかの差はあるけれど」と考えて、「自分はフィクションの美しさを求めているのかもしれない」と続けた。映画の主人公が沈んでいくブルーな水の描写からも漫画の世界を崩さない映像の美しさに目を惹かれる。だが「漫画の世界」と「現在の社会」との違いに監督は触れ、「この漫画は20年近く前のものだけど、芯の問題部分は変わっていないので現在にも通用すると思う」と語った。新型コロナウイルス感染拡大後は日本でも多くのことが「個人」になってきていて、実際に人に会わない設定が増えているそうだ。「人を理解しようとするのに、会う、会わないの差はある」と今後の課題も指摘した。
監督の映画は自身でゼロから脚本を立ち上げたものと、漫画を使ったものが「半々」だ。今年はNETFLIXで監督の映画「ちひろさん」(安田弘之の漫画)が公開された。有村架純演じる1人のヒロインを追うストーリーは周りの人も繋げていく不思議な群像劇。この映画はアップテンポで軽くて見やすく、映画評論ロッテントマトの観客反応が93%というかなり上位の評価を受けている。2つの映画の製作時期が近かったのだが、「ベースのところは同じ」と監督は語る。主人公の表面とは違う人のさびしさ、抱えている孤独感など、監督が作りながら気がついたそうだ。そして「どちらも自分の中で好きな作品です」と締めくくった。
映画「アンダーカレント」には一度見ただけでは気がつかない新たな発見が多く、哲学的な名言がいっぱい詰まっている。登場人物ほぼ全員が何かの悲しみや問題を抱えていて、自分の経験を横にいる困っている人にさりげなく話しかけている。すごく人間的で、もし日本へ行ったらそういう人たちに出会えるのかなと想像してしまうほど、優しい映画でもある。ハリウッド映画みたいに大声で泣いたり笑ったり怒ったりしない、日本映画独特の安らぎがあり、タイトルのように「心の奥底」に届く感動映画だ。
余談だが、この映画の中に監督特有のある種の「気まずさ」を含んだ食卓の場面がある。初対面のよく知らない男性に頼まれもしない朝食を勝手に振る舞う場面だ。監督は「このシーンは女性(真木さん)にとっては 何もおかしな行為ではなく自然な振る舞いであって、何も言えずに巻き込まれたのはむしろ男性(井浦さん)の方で、その気まずさは意識しています」と言うのだが、カナダに住む女性にとってそれはありなのか、本当にそういう女性が日本にいるのかと考えてしまうほどミステリアスな場面。ぜひこの「気まずさ」も映画館の大画面で味わってほしい。
何気なく「大丈夫です」と微笑む今泉力哉監督には映画のような癒し感が存在する。「アンダーカレント」を見た後は、監督の過去のオリジナル作品も、次回作も気になるに違いない。
「アンダーカレント」上映
9月28日(木)9 pm International Village 10
9月30日(土)12:30 pm International Village 9
バンクーバー国際映画祭ウェブサイト: https://viff.org/festival/viff-2023/
(取材 ジェナ・パーク)
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