青森県の伝統工芸「津軽塗」と現代の日本社会を描いた映画『バカ塗りの娘』鶴岡慧子監督インタビュー

鶴岡慧子監督、バンクーバー市内で。2023年10月5日。Photo by Koichi Saito/Japan Canada Today
鶴岡慧子監督、バンクーバー市内で。2023年10月5日。Photo by Koichi Saito/Japan Canada Today

 第42回バンクーバー国際映画祭(10月8日閉幕)で、「バカ塗りの娘(英題:Tsugaru Lacquer Girl)」が4日と6日に上映された。本作は、青森県唯一の国指定文化財「津軽塗」がテーマ。伝統工芸を世界にアピールすることを目的として、映画製作のためのクラウドファンディングが立ち上げられ、昨秋、青森県弘前市で撮影された。原作は髙森美由紀著「ジャパン・ディグニティ」。

 「過ぐる日のやまねこ」(2014)、「まく子」(2019)など、物語の登場人物たちの感情の機微、その土地ごとの自然美を映像表現に落とし込むことに定評のある鶴岡慧子(つるおか・けいこ)監督の最新作。

 映画のタイトルとなった「バカ塗り」は漆塗りの作業工程の多さを表している。何十回も塗っては研いでを繰り返す、手間をかけて丁寧に作られたという意味だ。

 主人公の青木美也子(堀田真由)は、江戸時代から続く伝統工芸「津軽塗」を継承する弘前市に住む一家の娘。美也子の祖父は過去に文部科学大臣賞を受賞した「津軽塗」の名匠・清治(坂本長利)。現在は介護施設に入所していて、美也子は父・清史郎(小林薫)と二人暮らし。自宅にある作業場で子どもの頃から兄のユウ(坂東龍汰)と共に「津軽塗」に親しんできたが高校を卒業後、スーパーでアルバイトをしながら自分のやりたいことが見つからず、自分に自信が持てずに日々を過ごしている。

VIFF2023 上映作品「バカ塗りの娘」より。Courtesy of VIFF
VIFF2023 上映作品「バカ塗りの娘」より。Courtesy of VIFF

 そうした日々の中、父が作業をする姿に「津軽塗」への思いが募っていく。父と離婚をした母(片岡礼子)、美也子が通勤中に見かける花屋の青年(宮田俊哉)、心温かい近所に住む吉田のばっちゃ(木野花)など、青木家に関わる登場人物たちが次第に美也子の生き方を変えていく。さらに少子高齢化問題、現行法では認められない同性婚など、伝統工芸と青木一家を取り巻く現代の日本社会の課題も浮き彫りにする。こうした数々の困難な課題に直面しながら「津軽塗」と向き合う家族のあり方を通して、伝統を守り続けていくことの尊さが描かれている。

 映画の舞台、弘前市の映像美も物語を盛り立てる。「津軽富士」と称され日本百名山の一つ岩木山、弘前城のお堀の桜、四季折々に色を変える津軽平野も見どころだ。

 上映後のQ&Aや各社取材のために来加した鶴岡慧子監督に話を聞いた。映画上映後の観客からは津軽塗や日本社会の問題を取り上げた今作についての質問があった。

4日の上映後、観客から監督へ質問

上映会後のQ&Aセッションで会場からの質問に答える鶴岡監督(左)。バンクーバー市VIFF上映会場で。2023年10月4日。Photo by Koichi Saito/Japan Canada Today
上映会後のQ&Aセッションで会場からの質問に答える鶴岡監督(左)。バンクーバー市VIFF上映会場で。2023年10月4日。Photo by Koichi Saito/Japan Canada Today

 映画の中でBGMがなく約12分間に渡る父と娘の作業風景の映像のみのシーンがある。漆にヤスリをかける音、塗料を混ぜ合わせる音だけが上映会場に響き渡る中、津軽塗の持つ艶やかさ、作業音の心地よさなどが会場に響き渡り、バンクーバーの映画ファンが弘前市に来て作業工程を眺めているような没入感があった。

 上映後の客席から伝統工芸「津軽塗」をどのように学び、映画の脚本を仕上げたか問われた監督は「何人かの職人さんに会いました。中でも(青森県弘前市原ケ平の「松山漆工房」)松山継道さんに大きなヒントをもらいました。劇中で美也子と父親が自宅で繰り返し眺める祖父の作品を作ったのが松山さん。撮影に入る前に継道さんは亡くなってしまいましたが、松山さんの息子さん夫婦が遺志を継いで、ピアノを塗ったり、映画の製作にご協力いただきました」と撮影当時を回顧した。

 また、俳優のうち誰か津軽塗をマスターしたかという質問には「(津軽塗は)ものすごい数の工程があるので全てをマスターするのは(映画の撮影期間では)無理ですね」と、簡単ではないからこその「津軽塗」の魅力を語った。

 さらにQ&Aの司会者から、現代の日本の問題を描いていたのが印象的だったと言われ「今の日本にはたくさんの問題があります。深刻な不景気、少子高齢化が背景にあり、小学校は廃校していくけれど老人ホームは急増しています。(また同性愛者を描いているが)同性愛についても不寛容な国です。同性婚が認められていません。伝統工芸をテーマにしていますが、舞台として現代日本を描かなければいけなかったですね」と説明した。美也子がピアノを塗るシーンがあるが「原作ではもう少し伝統的なカラーですが、さまざまな色があっていいんだよ、という思いを込めてカラフルな色をつけたかったんです」と本作での同性愛者の登場人物への思いを込めたことを明かした。

VIFF2023 上映作品「バカ塗りの娘」より。Courtesy of VIFF
VIFF2023 上映作品「バカ塗りの娘」より。Courtesy of VIFF

 さらに、家を出ると決意した兄に対して父がきつくあたっていた印象があったが「(親が娘と息子と衝突してしまう場面は)今の日本では映画より優しくないです。父親や周りの人が素直に受け入れることができるようになっていくまで時間がかかります」。日本における年代、性別による価値観の違いも今作で描かれている。

 津軽塗を守りながらそこに生き続ける難しさ、故郷を離れていく人の複雑な内面と共に現代の日本社会の課題を描いた筋書きに観客は関心を寄せていた。

鶴岡慧子監督、来加単独インタビュー

 鶴岡監督がバンクーバーを訪れるのは2度目。学生時代に監督した映画「はつ恋」が第32回バンクーバー国際映画祭でタイガー&ドラゴン賞にノミネートされた。5日のインタビューでバンクーバーの観客の反応について聞くと「リアクションが大きいことがうれしい。一つ一つ反応してくださるので、伝わったと思いうれしい」と笑顔で語った。

インタビュー中に笑顔を見せる鶴岡監督。バンクーバー市内インタビュー会場で。2023年10月5日。Photo by Koichi Saito/Japan Canada Today
インタビュー中に笑顔を見せる鶴岡監督。バンクーバー市内インタビュー会場で。2023年10月5日。Photo by Koichi Saito/Japan Canada Today

 4日にはVIFF Ignite High School programの高校生向け上映会も開催された。そのことについて「高校生とは鑑賞を一緒にしなかったので、反応はわかりません。日本語を学んでいるクラスの皆さんが鑑賞したと聞いているので(語学の勉強として)参考になったと思います。津軽弁だからちょっと難しかったかもしれませんが」。また「(関係者から)先週まで雨だったと聞いたのですが、着いてからずっと快晴で、滞在先の周辺(ロブソン周辺)を散歩しました。紅葉がきれいでした」と会期中晴天に恵まれたことを喜んでいた。

「やり続けること」

 鶴岡監督は大学卒業後、東京藝術大学大学院映像研究科で映画を専攻した映画一筋のキャリア。それに対して本作の主人公・美也子は自信がなく、やりたいことを言葉にできない性格。監督のキャリアとは真逆の設定だが、セリフがないシーンでも内面を表情から表現させていた。脚本を執筆時にイメージ像はあったか聞くと「私が参考にしたのは地元に残ることを決めた友人たち。誰かというよりはいろんな人をイメージしました。彼女たちは彼女たちなりの価値観でそこに住むことを選択している。誰かから押し付けられたのかもしれないし、そうではないかもしれない。そういった生身の人たちを思いながら美也子像を作りました」

 現在、神戸芸術工科大学映像表現学科で教員をしている鶴岡監督。学生には「続けていけばどうにかなる」と、映画に登場する主人公の祖父・清治が津軽塗について「やり続けること」と美也子に語りかけるセリフにも通じる言葉で背中を押している。「高校を卒業しても自信がない女性が日本には多いです。家のこともでき、頼まれたことを一通りできるのに、できて当たり前、できないと恥ずかしいという感覚がまだ日本にはあります。そんな女性が自信を持って(津軽塗に)取り組んでいく姿を伝えたいと思っていました。原作は美也子の一人称で、迷いはあるがしっかりした女性として描かれていますが、映画にする際には生身の人間が演じるので、もっとぼやっとして機転が利かないという女性像にすることで物語の奥行が出るよう意識しました」と話す。今の自分ができることに自信を持ち、継続することの大切さを本作でも伝えている。

弘前市の皆さんと一緒に作った映画

 撮影を通して「津軽塗」についての新しい発見は「初めは前時代のものだと思っていました。江戸時代からあるものなので、固い世界だと。でも、弘前市で職人の方々と出会い、話しを聞く中で、身近に感じるようになっていきました。漆でできたアクセサリーなどもあり、おしゃれ。今日もつけています」と胸につけた光沢のある津軽塗のブローチを見せてくれた。

 今作は「職人さんをはじめ、たくさんの現地の方々がボランティアで参加してくださった。人々が持っているリズムを映画にしようと思いました。弘前市の皆さんと一緒に作った映画です」と充実した撮影期間について振り返った。

 「ほかの作品でも地方で現地の方と撮影をして、一緒に作品を作り上げていくことに喜びを感じます。多くの方が関わり自分の存在が小さくなるほどうれしい」

 長い歴史を持つ伝統工芸の魅力や地元の景観、地元の人たちとの関わりを重視し、生身の人物像に近づき、映像化することに挑んだ鶴岡監督。バンクーバー国際映画祭で上映された日本人監督の作品は計6作品。その中で「バカ塗りの娘」は唯一日本の地方都市を描いた作品でもある。本作では同性愛を受け入れられないながらだんだんと答えを見出していく登場人物たちの様子なども描かれた。カナダ全国で同性婚が認められるようになったのは2005年。日本とは異なる性に対する社会の認識がある。伝統工芸の持つ美しさと共に、それらを継承する尊さ、その地に息づく現代の日本人のさまざまな葛藤がバンクーバーの会場で観客に届いたか。映画上映とQ&A後に起こった満席の会場からの大きな拍手がその答えだろう。

上映会後の鶴岡監督へのQ&Aセッションの様子。中央に鶴岡監督。バンクーバー市VIFF上映会場で。2023年10月4日。Photo by Koichi Saito/Japan Canada Today
上映会後の鶴岡監督へのQ&Aセッションの様子。中央に鶴岡監督。バンクーバー市VIFF上映会場で。2023年10月4日。Photo by Koichi Saito/Japan Canada Today

(取材 生沼未樹/写真 斉藤光一)

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