「カナダ“乗り鉄”の旅」第7回 路線バスで紙幣を運賃箱に入れようとした時、運転手さんは… BRTとバスが発達したウィニペグ

大塚圭一郎

 凍える日が多い冬のカナダだが、私は長期休暇になると駐在している米国から直ちに北上して国境を越えるのがもっぱらだ。自動車の運転を敬遠している者としては公共交通機関で安全に移動できる利点が大きいのに加え、訪れるたびにとても良い方々と出会えて心温まるのも大きい。昨年12月に訪れた中部マニトバ州の最大都市で州都のウィニペグは、バス高速輸送システム(BRT)と路線バスが発達しているため移動しやすい。ただ、紙幣はあったものの小銭を持たずに路線バスに飛び乗ってしまったため、運転手さんに過分な気遣いをさせてしまった―。

ウィニペグ市街地を走るウィニペグ・トランジットの路線バス(2022年12月27日、大塚圭一郎撮影)
ウィニペグ市街地を走るウィニペグ・トランジットの路線バス(2022年12月27日、大塚圭一郎撮影)

【BRT】バス高速輸送システムのことで、英語の「Bus Rapid Transit」の頭文字を取って「BRT」と略される。バスだけを走らせる専用道や、バス用の車線を一部活用するため通常の路線バスより道路渋滞に巻き込まれにくく、速達性と定時性を確保しやすいのが特色。カナダではウィニペグのほかに首都オタワや西部アルバータ州カルガリーなどでBRTが走っており、2023年11月16日にはブリティッシュ・コロンビア州バンクーバー都市圏で3つのルートを優先的に新設することが発表された。

 日本を含めた世界で走っており、JR東日本は2011年3月の東日本大震災で被災した気仙沼線の柳津(やないづ、宮城県登米市)―気仙沼(同県気仙沼市)間と大船渡線の気仙沼―盛(岩手県大船渡市)を復旧させるためにBRTを導入した。JR九州は17年7月の九州北部豪雨で被災した日田彦山線の添田(福岡県添田町)―夜明(大分県日田市)間(29・2キロ)の復旧のため23年8月28日に添田―日田(日田市)間でBRTの運行を始めた。

路線バスでウィニペグの空港から駅へ

ウィニペグ国際空港の旅客ターミナル内(2022年12月26日、大塚圭一郎撮影)
ウィニペグ国際空港の旅客ターミナル内(2022年12月26日、大塚圭一郎撮影)

 カナダで中心部と空港を結ぶアクセス鉄道が走っているのはバンクーバーと国内最大都市の東部オンタリオ州トロントの2都市だけ。ただ、オタワが早ければ2024年4月にもオタワ国際空港まで鉄道で行けるカナダ3番目の都市となり、27年に東部ケベック州モントリオールの無人運転鉄道「REM」がモントリオール国際空港まで延伸する予定だ。

 詳しくは本連載「カナダ“乗り鉄”の旅」第6回をご参照いただきたい。

 大部分の都市では空港への主要な移動手段は路線バスとなっており、私も多くの都市で空港へ向かうバスのお世話になってきた。

 どの都市で乗った路線バスの運転手さんも親切だった。中でも印象的だったのは2022年12月27日にウィニペグ国際空港からVIA鉄道カナダの列車が発着するユニオン駅へ向かった時に乗ったバスの男性運転手さんだ。

運賃箱の投入口を手で押さえる

 空港の旅客ターミナルを出て少し歩いた場所にあるバスの停留所に着くと、ちょうど公共交通機関ウィニペグ・トランジットの路線系統15番のサージェント・マウンテン行きのバスが滑り込んできた。

 運転手さんに「ユニオン駅に行きたいのですが、このバスでいいですか?」と尋ねると、「途中でバスを乗り換えれば行けるよ」と教えられた。

 これはさい先が良いと満足しながら財布を開けると、そうとも言えない事態なのに気づいた。米ドルから交換したカナダドルの紙幣が入っているものの、カナダ入国後に買い物をしていなかったため小銭が全くないのだ。

 バスの運賃を確かめると大人が3・15カナダドル(約340円)で、妻と息子を含めた3人で計9・45カナダドルとなる。

 そこで10カナダドルを運賃箱の投入口へと投下しようとすると、運転手さんが慌てて投入口を手で押さえた。

「お釣りはいいですよ」と申し出たものの…

 運転手さんは「この機械はお釣りが出ないんだ。小銭はないか?」と尋ねてきた。

 そこで、「小銭はないので、お釣りはいいですよ」と10カナダドルを再び入れようとしようとした。大人3人で10カナダドルならばタクシーで移動するよりも安い。0・55カナダドルは運転手さんへのチップだと思えばいい。

 ところが、運転手さんは再び投入口を手で押さえてこう言った。

 「いや、運賃よりも多くもらうわけにはいかない。次に乗る時は小銭を用意して」

 そして「バスの乗り換えにこれが必要だから」と乗り換え用の切符も3枚くれ、乗り換えるバス停と、乗るべきバスの路線系統も丁寧に教えてくれた。

 あまりにも律儀な運転手さんの様子に申し訳なく思いながらも謝意を伝え、「次は小銭を用意するね」と約束して乗り換え用の切符をありがたく受け取った。

日系カナダ人の投票権を請願

ウィニペグ市内で見つけたネリー・マクラングさんらを描いた壁画(2022年12月27日、大塚圭一郎撮影)

 ウィニペグは積雪があったものの、走り出したバスの運転手さんは雪道に全くちゅうちょする様子もなく鮮やかにハンドルをさばいていく。

 車窓から白銀の街並みを眺めていると、カラフルな建物の壁面が目に入った。左上に「女性たちの議会」というタイトルが付けられ、議場に居並ぶ女性たちが描かれていた。

 壁画の題材は『ダニーの信条』などの著書がある作家で、女性の参政権獲得に尽力した故ネリー・マクラングさん(1875~1951年)だ。東部オンタリオ州生まれで、マニトバ州に住んだマクラングさんらの活躍により、マニトバ州は1916年にカナダの州で初めて女性に投票権を付与した。

女性の参政権獲得に尽力したネリー・マクラングさん(1875~1951年)
女性の参政権獲得に尽力したネリー・マクラングさん(1875~1951年)

 また、マクラングさんら女性5人は英国領北アメリカ法に定める「人間」には女性が含まれるとの訴訟を起こし、1929年に勝訴。この判決は、それまで女性の立候補を認めていなかったカナダ連邦議会上院で女性議員が誕生するきっかけとなった。

 マクラングさんは1930年代にブリティッシュ・コロンビア州に対して日系カナダ人にも投票権を与えるように求める請願活動を展開。1930年代後半から40年代前半にかけてはカナダ政府にユダヤ人難民を受け入れるように迫った。

 マクラングさんは1932年、女性で初めてカナダ放送協会(CBC)の理事となった。ウィニペグにはネリー・マクラング財団があり、私が目撃したのは女性参政権に道を開いた功績を顕彰する壁画だったようだ。

人気キャラクターの名前の由来

ウィニペグ・ユニオン駅舎内での筆者(2022年12月27日)
ウィニペグ・ユニオン駅舎内での筆者(2022年12月27日)

 無事に着いたウィニペグ・ユニオン駅は1911年に完成した風格のある石造りの建物で、上部にVIA鉄道のロゴを掲げている。建物内のコンコースは吹き抜けで天井がドーム状になっており、クリスマスツリーの前には2022年9月に亡くなったカナダ元首でもあったエリザベス英女王の写真を展示していた。

 VIA鉄道はユニオン駅舎の改修のために2500万カナダドル(約27億3千万円)超を投じることを23年8月に発表。マリオ・ペロキン最高経営責任者(CEO)は「ユニオン駅はウィニペグの象徴で歴史的建造物というだけではなく、活気のある街と州のシンボルにもなっている。VIA鉄道は手入れをする役割を果たせることを誇りに思う」とコメントした。

 ウィニペグは人気キャラクター「くまのプーさん」(英語名「Winnie the Pooh」)のモデルとなったクマ「ウィニー」の出身地。ユニオン駅の近くには10カナダドル紙幣に描かれているカナダ人権博物館がある。

ウィニペグのカナダ人権博物館(2022年12月27日、大塚圭一郎撮影)
ウィニペグのカナダ人権博物館(2022年12月27日、大塚圭一郎撮影)

 2022年の推計人口は約78万3100人で、マニトバ州(23年で144万4190人)の半分強が集まっている。

波瀾万丈の鉄道旅に

 私たち家族は約900人が住むマニトバ州北部チャーチルへ2泊3日で向かうVIA鉄道の夜行列車に乗り込んで往復した。往路の列車は一時16時間超も遅れる波瀾万丈の旅となった。

VIA鉄道カナダのチャーチル発ウィニペグ行きの夜行列車(2022年12月31日、大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダのチャーチル発ウィニペグ行きの夜行列車(2022年12月31日、大塚圭一郎撮影)

 予約していた2023年元日の航空便に間に合わなくなることを一時は恐れたが、復路の列車はウィニペグ・ユニオン駅に22年の大みそかの午後10時20分、定刻より5時間35分遅れで到着した。

 詳しくは共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS」などで連載している「鉄道なにコレ!?」の第37回から5回にわたって取り上げた旅行記をご覧いただきたい。

 駅に隣接した市場「ザ・フォークス・マーケット」は大みそかの夜とあって大にぎわいだった。夕食にすしを堪能した後、宿泊先の空港近くにあるホテルへ向かうためにウィニペグ・トランジットの15番バスが発着するバス停へ向かった。

汚名返上のはずが…

 バス停で私はこれまでの買い物でためた小銭を握りしめていた。ウィニペグ国際空港から乗った路線バスで期せずして“無賃乗車”のような形になってしまい、今度こそぴったりと運賃を支払うためだ。

 金額はもちろん大人3人分のバス運賃、9・45カナダドルだ。「次は小銭を用意する」という往路の運転手さんとの約束通りに運賃箱に投入し、汚名返上を果たすという算段だった。

2022年の大みそかにウィニペグ市街を走る「TAKE A FREE RIDE」(乗車無料)と表示したウィニペグ・トランジットの路線バス(2022年12月31日、大塚圭一郎撮影)
2022年の大みそかにウィニペグ市街を走る「TAKE A FREE RIDE」(乗車無料)と表示したウィニペグ・トランジットの路線バス(2022年12月31日、大塚圭一郎撮影)

 ところが、近づいてきたバスの行き先表示をひと目見てあぜんとした。電光掲示板にオレンジ色の文字で「TAKE A FREE RIDE」(乗車無料)と大書しているではないか。地元住民によると「大みそかに出かけて新年を祝う人たちで道路が渋滞するのを避けるため、バスを無料運行している」という。

 無料ということは持っている小銭を運賃箱に入れようとしても、行きのバスの運転手さんのように投入口を手で押さえて阻止されるのは間違いない。

「0:00 AM」と表示されたウィニペグ・トランジットの路線バスのデジタル時計(2023年1月1日、大塚圭一郎撮影)
「0:00 AM」と表示されたウィニペグ・トランジットの路線バスのデジタル時計(2023年1月1日、大塚圭一郎撮影)

 バスに乗ったのは2022年12月31日の午後11時50分ごろ。年越しを迎えたのはバス車内で、天井のデジタル時計の表示が「0:00 AM」に切り替わると乗客らで「新年おめでとう!」と声を掛け合って祝った。 移動中のバスの路上で新年を迎え、2023年という新たな旅路が始まることに胸が躍った。その一方で、約束が道半ばに終わってしまったことを後ろめたく感じた…。

VIA鉄道カナダの列車が発着するウィニペグ・ユニオン駅(2022年12月27日、大塚圭一郎撮影)
VIA鉄道カナダの列車が発着するウィニペグ・ユニオン駅(2022年12月27日、大塚圭一郎撮影)
ウィニペグ・ユニオン駅の近くに保存された旧型客車(2022年12月27日、大塚圭一郎撮影)
ウィニペグ・ユニオン駅の近くに保存された旧型客車(2022年12月27日、大塚圭一郎撮影)
ウィニペグ・ユニオン駅の近くに保存されている車掌らが乗務するための車両「カブース」(2022年12月27日、大塚圭一郎撮影)
ウィニペグ・ユニオン駅の近くに保存されている車掌らが乗務するための車両「カブース」(2022年12月27日、大塚圭一郎撮影)

共同通信社ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社ワシントン支局次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て2020年12月から現職。運輸・旅行・観光や国際経済の分野を長く取材、執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を13年度から務めている。共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)などがあり、CROSS FM(福岡県)の番組「Urban Dusk」に出演も。他にニュースサイト「Yahoo!ニュース」や「47NEWS」などに掲載されているコラム「鉄道なにコレ!?」、旅行サイト「Risvel」(https://www.risvel.com/)のコラム「“鉄分”サプリの旅」も連載中。