いよいよ2023年最後の記事となりました。今年は、久しく遠ざかっていたコラムを再開しましたが、新型コロナウイルスが流行している間に情報の伝達・共有のグローバル化が一気に進み、さらにはChapGPTのような生成AIも登場したことで、読者の皆様に求められている薬の情報を手探りする状態が続きました。いつも親身に助言して頂いた日加トゥデイ編集長の三島直美様には、感謝の言葉も見つかりません。
さて、この「情報」というのは、薬の世界でも大きなキーワードになっているのをご存知でしょうか?医薬品の効果や副作用の発現には個人差が存在し、その背景には遺伝情報の違いがあります。遺伝子(DNA)の塩基配列の違いが、肝臓にある薬物代謝酵素の違いに反映され、薬の効き方に差が出てくるわけです。逆にいうと、治療を開始する前に、薬を代謝する酵素の量を測定し、薬の量を調節したり、効果のある薬、副作用の少ない薬を効率的に選ぶことができます。このような内容は、2017年にCBCニュースでも取り上げられています。Test your DNA at a pharmacy? Now you can
しかし、このような遺伝子情報を利用した薬物治療はまだ限定的なもので、薬局レベルではまだそこまで浸透していません。また、これまで長年に渡り臨床現場で使用されており、薬効や副作用の発現に個人差・人種差がない薬、または薬のさじ加減がすでに分かっている薬に関してこのような個別化治療を行うことの利益は少ないとも言えます。すると、やはり患者さんの体重、病状、そして薬物代謝の中心的な役割を担う肝臓や腎臓の具合を見ながら薬の量を決定するのが、現在の標準的な方法といえます。
以上の点を踏まえて、前回に引き続き、カナダの薬は日本に比べて強いのかというテーマで、いくつかの処方せん薬を取り上げて薬の量の違いを見てみます。
まずは、高血圧の薬のアムロジピン(ブランド名:ノルバスク)です。アムロジピンは、カルシウム拮抗剤(Calcium channel blocker)と呼ばれるグループの薬の一つで、細胞内へのカルシウムの流入を減少させることにより冠血管や末梢血管を広げることで、血圧を下げたり、狭心症の発作を起こりにくくします。
日本では、1日量として2.5mg、5mg、10mgの規格があり、症状に応じて薬の量は増減されますが、降圧効果が不十分な場合には1日最大10mgまで増量することができます。この用量の幅はカナダでも変わりません。患者さんの体格や年齢、そして血圧の高さに応じて用量を決定すると、日本人の場合は自然と低用量が、カナダでは相対的に高用量が処方されることが多いように見受けられます。
ちなみにアムロジピンが、1993年に日本でノルバスクという商品名で発売開始された当初は1日5mgまでの使用しか承認されていませんでしたが、当時すでに国外では1日10mgまでの使用が承認され、その後日本人においても増量による優れた降圧効果と安全性が確認されたことで、2009年には日本でも10mgの錠剤が承認されたという経緯があります。https://www.viatris-e-channel.com/viatris-products/di/pdf/nor01if.pdf
次は「スタチン」という薬を見てみます。薬の名前の最後に必ず「スタチン」がつくことから、そのまま総称されていますが、正式名称は「HMG-CoA還元酵素阻害薬」で、日本の遠藤章博士が世界で初めて開発したことで知られています。遠藤博士は、応用微生物学とコレステロール代謝を研究する中で、青カビからコンパクチンという、現在のスタチンの元になる物質を発見しました。抗菌薬のペニシリンも青カビから発見されましたから、何万種も存在する菌類の中で、ペニシリンもスタチンも青カビから発見されたことは自然の奥深さを感じると述べられています。
現在ではジェネリック薬として幅広く使用されているプラバスタチン、シンバスタチン、アトルバスタチン、ロスバスタチンなどのスタチンは、いずれもコレステロール生合成を制御するHMG-CoA還元酵素を阻害することで悪玉コレステロールを減らし、結果として動脈硬化や脳卒中のリスクを下げる効果があります。
現在カナダでよく使われているスタチン薬であるロスバスタチン(rosuvastatin)について、用量を日本とカナダで比較してみます。日本の錠剤の規格は2.5mg、5mg、10mgであるのに対し、カナダの錠剤の規格は5mg、10mg、20mg、40mgとなっており、カナダではかなり高い用量まで使われることが分かります。もう一つの例としてアトルバスタチン(atorvastatin)をみてみると、日本での承認1日最大用量が40mgであるのに対し、カナダでは80mgとなっています。
スタチン服用による副作用の一つに、大腿や背中、お尻などの比較的大きな筋肉に現れる筋肉痛があり、用量が増えるにつれて筋肉痛が起こる確率も高くなります。従って、いずれのスタチンにおいても、低用量から必要に応じて用量を増やしていくという方法が取られます。
長い枕と字数の関係で多くの例を取り扱うことが出来ませんでしたが、本日の内容をまとめると、カナダには日本に比べて強い薬はあるものの、体重や病状、肝機能や腎機能に合わせて薬効と副作用のバランスの取れた量が処方されるということになります。従って、カナダの薬は強いから危ないのではないかという心配は不要かと思います。また、薬物代謝の個人差や人種差が大きな薬に関しては、遺伝子検査に沿った薬物治療が今後期待されますので、こちらはぜひ注目していきましょう。
最後になりましたが、コラムの読者の皆様におかれましては、どうか良い新年をお迎えください。そして来年は、皆様からのリクエストをお待ちしておりますので、どうか宜しくお願い致します。
参考:
*薬や薬局に関する質問・疑問等があれば、いつでも編集部にご連絡ください。編集部連絡先: contact@japancanadatoday.ca
佐藤厚(さとう・あつし)
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。 2008年よりLondon Drugsで薬局薬剤師。国際渡航医学会の医療職認定を取得し、トラベルクリニック担当。 糖尿病指導士。禁煙指導士。現在、UBCのFlex PharmDプログラムの学生として、学位取得に励む日々を送っている。 趣味はテニスとスキー(腰痛と要相談)
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