大塚圭一郎
「地下鉄の電車をどこから入れたのでしょうねえ?それを考えると一晩中寝られなくなるの」とは1970年代に大ヒットした春日三球・照代の「地下鉄漫才」だ。今年1月にカナダ西部ブリティッシュ・コロンビア州(BC州)バンクーバーの都市圏を走る「スカイトレイン」のストライキを労働組合が検討しているというニュースを見ながら、こうつぶやく向きもあったかもしれない。「無人運転の電車をどのようにストをするのでしょうねえ?それを考えると一晩中寝られなくなるの」
【スカイトレイン】バンクーバー都市圏を走る無人運転の鉄道。3路線があり、営業距離は計約80キロ。1986年のバンクーバー国際交通博覧会を控え、1985年に開業した「エキスポライン」が最初の路線。「ミレニアムライン」は2002年に開通し、10年のバンクーバー冬季オリンピック(五輪)・パラリンピックに向けて中心部とバンクーバー国際空港のアクセスのために建設された「カナダライン」は09年に営業運転を始めた。スカイトレインを含めたバンクーバー都市圏の公共交通機関「トランスリンク」によると、22年秋のエキスポライン・ミレニアムラインの平日利用者数は約28万8千人、カナダラインは約11万2千人。3路線いずれも鉄軌道の上を車輪で走るが、エキスポラインとミレニアムラインの車両は磁石の力で進むリニアモーター駆動なのに対し、カナダラインは線路脇にある第三軌条から電気を取り込んで走る。
3日間のストを警告
バンクーバー都市圏を走る公共交通機関「トランスリンク」の運行会社コースト・マウンテン・バス・カンパニー(CMBC)のスーパーバイザーら180人超でつくる労組CUPE4500が2024年1月22、23両日の2日間のストを実施。トランスリンクの路線バスの大部分と、バンクーバー中心部のウオーターフロントと近郊のノースバンクーバー市を結ぶ水上バス「シーバス」が運休し、CMBCによると両日とも約30万人の利用者に影響が出た。
ストは労組側が求めた待遇改善を会社側が拒否する労使対立によって勃発した。CUPE4500が3年間で20~25%の賃上げを要求したのに対し、CMBCの提示は他労組と同水準の3年間で13・5%上昇だったため決裂した。CMBCのマイケル・マクダニエル社長は「スーパーバイザーが、他の労組が受け入れた上昇幅の2倍弱(の25%)を要求しているのは非現実的だ」と批判した。
CUPE4500は1月のスト終了後、2月3日未明までに暫定合意ができなければ3日間のストを実施するとけん制。その際は路線バスとシーバスにとどまらず、スカイトレインもストに追い込むことも視野に入れると表明していた。
無人運転なのにスト?
だが、CUPE4500のコメントを聞いて疑問がわいたかもしれない。一つはコンピューター制御で運行しており、電車を無人運転しているスカイトレインをどのようにストに追い込むのかという点だ。
路線バスの運行には運転手、水上バスの操縦には船長らが携わっており、1月にストを実施したスーパーバイザーはそれらを動かすための管理業務を担っている。
これに対してスカイトレインの電車は無人で走り、駅に着くと扉が自動的に開く。発車時刻になると合図音が鳴って扉が閉まる。また、利用者が駅で出入りするのも無人の自動改札機で、集積回路(IC)乗車券「コンパス」を接触するなどすれば通過できる。コンパスへの入金なども駅構内にある券売機で対応できる。
無賃乗車などを取り締まる警察官らは駅にいるものの、まるで人手不足やストのリスクを予見していたような省人化を図れている。
門外漢の労組がなぜスカイトレインに介入?
しかし、スカイトレインも全てが機械任せというわけではもちろんない。“頭脳部”に当たる制御室「コントロールセンター」には従業員が詰めており、電車の運行状況などを確認しているのだ。
大きな画面には電車が走っている位置と車両数、遅れの有無をタイムリーに表示する。また、各駅に設置している監視カメラが撮影した映像もモニターに映し出されており、安全運行を支える縁の下の力持ちになっている。
もしもコントロールセンターの従業員がストをした場合、スカイトレインは運行停止に追い込まれる。しかし、1月にストをしたCUPE4500が所管しているのはCMBCが運行を担っている路線バスとシーバスであり、スカイトレインは含まれていない。
そこで次なる疑問となるのは、門外漢の労組がなぜスカイトレインのストをぶち上げることができるのかという点だ。調べたところ、日本では考えにくい特殊な事情があることが分かった。
カナダ放送協会(CBC)によると、CUPE4500は今回の労使対立を受けた対抗手段として、管轄外の公共交通機関のストを実施する法的権利を認めるようにBC州の労働関連委員会に要請した。これが認められた場合、CUPE4500は所管外のスカイトレインのストに踏み切ることができるというのだ。
どのようにストをする?
ただし、スカイトレインの安全運行のためにコントロールセンターに入れるのは原則として担当する従業員だけだ。部外者であるCUPE4500の組合員に立ち入りが許されるはずがない。
それではBC州の労働関連委員会がもしもストを認めた場合、CUPE4500はどのようにストを実践するのかという疑問も出てくる。CUPE4500は1月のスト後に「スカイトレインを止めるために駅で監視することを検討する」と明らかにしていた。
これは推察になるが、ストになった場合はCUPE4500の組合員がスカイトレインの駅に張り込んで従業員が早朝の営業開始時に駅のシャッターを開けられないようにしたり、駅にバリケードを敷いて利用者が立ち入れないようにしたりすることを検討していたのではないか。BC州の労働関連委員会がストを認めた場合、ストの“お墨付き”を得た形となる。このためCUPE4500との無用な衝突を避け、スカイトレインの従業員が出勤せずに運行が止まる展開も考えられよう。
スト回避にたゆまぬ努力を
事態を重く見たBC州は労使間の特別調停人のビンス・レディ氏を指名。レディ氏の勧告をCMBC、CUPE4500の双方が2月1日に受け入れたため、スカイトレインまで巻き込む恐れのあった3日間のストは食い止められた。
カナダ最高裁判所は2015年1月、労組のスト権は団体交渉の「不可欠な要素」であり、1982年に制定された「カナダ権利および自由憲章」(カナダ憲章)で保護されるとの判断を下している。私も2005~06年に勤務先の共同通信労働組合の関西支部副委員長、新聞・通信社の労組でつくる新聞労連(日本新聞労働組合連合)近畿地連の副執行委員長を歴任しており、労組の存在意義と活動の重要性をよく理解している。労組がスト権を「伝家の宝刀」として確保しておく必要性も分かっている。
だが、トランスリンクはバンクーバー都市圏の通勤や通学などに欠かせない足になっているだけにストは大きな打撃を与える。長引けば利用者の生活や経済に悪影響を与え、ひいては信頼感が低下して利用者離れも引き起こしかねない。
このように労組の「伝家の宝刀」も乱用しては威力を失い、果ては自刃行為になりかねないのではないか。労組は労使交渉でできるだけ解決の糸口を探り、大切なお客様である利用者に大きな迷惑が及ぶストは極力回避できるようにたゆまぬ努力を求めたい。
【読者からのおたより】
大塚圭一郎さんの連載「カナダ”乗り鉄”の旅」をいつもたのしみにしています。カナダ横断鉄道が敷かれたことで国が発展した(先住民の方々や鉄道建設に関わった労働者の方々の犠牲の上で)にもかかわらず、すっかり車依存社会になってしまいましたが、環境問題解決や人口増に対応するインフラとして、やはり鉄道だ!というのが私見です。
バンクーバー都市圏では、日本や他国の駅に比べるとスカイトレインもセントラルステーションも殺風景ですが、旅客鉄道のニーズとファンの押しで、サービス拡大を願ってやみません。
これからも面白い記事を発信して下さい。
高橋美枝
New Westminster 在住
(ご本人の許可を得て文面をそのままご紹介しました)
【筆者・大塚圭一郎からのご返信】
高橋様、ご丁寧なおたよりを頂きましてありがとうございました。「環境問題解決や人口増に対応するインフラとして、やはり鉄道だ!」というご意見に私も100%賛同します。
私は昨年12月にVIA鉄道カナダの大陸横断列車「カナディアン」にトロントからバンクーバーまで乗りました。途中で通過した大陸横断鉄道の建設過程では、ご指摘の通り多くの先住民や労働者が命を落としました。VIA鉄道カナダのスタッフからは「亡くなった労働者には中国系の方々が多かった」と教えられました。
そのような過去を厳粛に受け止めながらも、カナディアンの素晴らしい乗車体験については共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS」での連載「鉄道なにコレ!?」の第57回から始まった新シリーズ「カナディアン乗車記」でご紹介していきます。シリーズの第1回「終点まで丸4日をかけて北米大陸を横断」のリンク先は、https://www.47news.jp/10587334.html。そちらの連載もご高覧いただければ幸いです。
今回で第10回を迎えた本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」を引き続きご愛読賜りますよう、どうぞよろしくお願いいたします。
共同通信社ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
「カナダ “乗り鉄” の旅」
大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社ワシントン支局次長・「VIAクラブ日本支部」会員
1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て2020年12月から現職。運輸・旅行・観光や国際経済の分野を長く取材、執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。
優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を13年度から務めている。共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)などがあり、CROSS FM(福岡県)の番組「Urban Dusk」に出演も。他にニュースサイト「Yahoo!ニュース」や「47NEWS」などに掲載されているコラム「鉄道なにコレ!?」、旅行サイト「Risvel」(https://www.risvel.com/)のコラム「“鉄分”サプリの旅」も連載中。