カナダで薬剤師(3)やっぱり勉強

 私は、今や「ノスタルジック」と言われる昭和の田舎に生まれ、平成に学生時代を過ごしました。大学生の頃は、東京にある薬科大学で体育会系テニス部に所属し、対外試合で誰よりも大きな声で吠えていたのはそれほど昔のことではありません(と、自分では思う)。

 だから、デジタルネイティブの若者が、昭和の雰囲気に感情揺さぶられるという意味でエモいと表現し、そのレトロブームをターゲットにして企業がマーケットを開拓するというのは、カナダにいる私から見ると不思議な感覚を覚えます。なぜなら、昭和が終わった頃から、北米ではスティーブ・ジョブスやイーロン・マスクのようなカリスマ的リーダーの出現により、強力な推進力を持ってテクノロジーと経済が前に進んできたのですから。

 そして、薬剤師の仕事も例外ではありません。

 カナダで、普段は患者さんに触れることがない薬剤師がその殻を破ったのは、ワクチン接種です。2009年のH1N1鳥インフルエンザの大流行に備えて、薬局で薬剤師が集団予防接種を行いますと、トップダウンの決定でした。大学院生の頃に毎日ラットのしっぽに注射をしていたので注射針やシリンジの扱いには慣れており、その経験が初めて役に立ちました。

 2021年初頭に始まった新型コロナウイルスの集団予防接種でも、薬局は当たり前のように接種機関に含まれ、2023年にはワクチン以外の薬物、つまりビタミンB12やテストステロン製剤の筋肉内注射、生物学的製剤の皮下注射も認められるようになりました。カナダ全土における慢性的な医師・看護師不足という背景はあるにしても、利用可能な人的資源を最大限に活用することを厭わないという姿勢が強いと感じます。もっともカナダは世界各地から人が集まっている国ですから、変化に対する免疫が強いのでしょう。

 また、ここ数年は特に薬の欠品が多いので、同効薬への変更や、用量・用法の変更、治療継続のため、現在の処方箋の更新を行うのは、全く特別なことではなくなり、2003年の6月1日からは、Minor Ailments(マイナーイルメントと発音、軽度の疾患という意味)において、薬剤師が薬を処方できるようになりました。(過去記事参照「薬剤師の新しい仕事」またお薬の時間ですよ!)。マイナーイルメントに含まれる疾患の中でも、尿路感染症、口唇ヘルペス、細菌性結膜炎に対する抗菌薬や抗ウイルス薬の処方せんを発行したことが多いように見受けられ、薬局の利便性が増したことは間違いないと思います。

 このように色々なことが変わっていくカナダで生き延びるために、大学で勉強することにしました。私が2022年の1月からスタートしたのは、ブリティッシュ・コロンビア大学(University of British Colombia:UBC)のFlex PharmD(Doctor of Pharmacy)プログラムで、社会人薬剤師が仕事を続けながらフレキシブルなスケジュールで学位取得を目指すものです。ちなみに、Doctor of Pharmacy(直訳すると薬剤師博士)とは、薬剤師の専門職学位です。時代の要請に合わせて変化を続けるUBCでは、2019年から薬学部卒業時に得られる学位が「Bachelor of Science in Pharmacy」から「Doctor of Pharmacy」へと変わり、また、これに合わせるように社会人向けのFlex PharmDプログラムが設置されました。

 PharmDの学位をとったからといって給料が増えるわけではないにもかかわらず、なぜ今、Flex PharmDプログラムにたどり着いたかいうと、これはひとえに長年の憧れに尽きます。実は、北米の薬剤師に憧れていた大学生の頃、アメリカの大学にはPharmDという学位があることを知り、研究室にこもって実験をするのではなく、臨床的な勉強をして薬剤師が「ドクター」と呼ばれるようになるのは滅茶苦茶カッコ良い(!)と思ったものでした。それから20年、晴れてカナダでPharmDプログラムに入ることが出来た訳です。また、志望動機に「薬剤師のエッセンスは、生涯学び続けること」と記したように、薬剤師としての仕事を再確認し、自分の知識をアップデートし、仕事の幅を広げたいという思いが強いです。

 プログラムが開始してから早2年が経過しましたが、この間オンラインによる座学は全て終了し、現在は実習に取り組んでいます。今年の1月から2月にかけて、毎朝6時のフェリーでギブソンズからノースバンクーバーにあるSave on Foods(Park&Tilford)に通いました。毎日フェリーで往復する生活は中々大変でしたが、バンクーバーに通勤するロンドンドラッグスの常連の患者さんや、バーナビーにあるBCIT(British Columbia Institute of Technology)に通うお父さん仲間もいて、通勤に孤独感はありませんでした。また私にとっては、薬剤師としてロンドンドラッグス以外の薬局に通うのは初めてのことで、大変有意義な時間となりました。これからも仕事のスケジュールと相談しながら、断続的に実習が続きますが、一生懸命新しい知識を取り入れていきたいと思います。

 プログラム終了後の私のプランですが、現時点ではキャリアチェンジは考えていません。ロンドンドラッグスの薬局薬剤師の仕事には大きなやりがいを感じており、最近UBCの学生向けに郊外の薬局で働く魅力について話をしたばかりです。しかし、今後病院での実習を終えた頃には、薬剤師としてのモノの見方や考え方が変わる可能性はありますから、私自身、どのような未来になるかは分かりません。

 若い頃の夢を追って、一歩一歩階段を登ってきた私ですが、それなりに行き詰まって大変な時期があったことも今回のコラムでお伝えできたかと思います。しかも、私と同年代の方であれば、それなりの地位について社会に貢献している方も多いでしょうから、今さら学生生活とは能天気な人間と思われるかもしれません。しかし、カナダで薬剤師免許をとることに人一倍時間と労力をかけた私としては、小さなコミュニティーで薬剤師として認められているのは、純粋に嬉しいと感じるばかりです。今後も、地域の患者さんのため、またカナダの日系コミュニティーの役に立てるよう精進して参ります。

*薬や薬局に関する質問・疑問等があれば、いつでも編集部にご連絡ください。編集部連絡先: contact@japancanadatoday.ca

佐藤厚(さとう・あつし)
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。 2008年よりLondon Drugsで薬局薬剤師。国際渡航医学会の医療職認定を取得し、トラベルクリニック担当。 糖尿病指導士。禁煙指導士。現在、UBCのFlex PharmDプログラムの学生として、学位取得に励む日々を送っている。 趣味はテニスとスキー(腰痛と要相談)

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