優れた鉄道旅行を選ぶ「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」の2023年度(第13回)の授賞式が24年4月17日に鉄道博物館(さいたま市)で開かれ、鉄道愛好家の子どもと家族向けの日本旅行の「北陸新幹線乗務員お仕事体験ツアー」がグランプリを受けた。審査員の1人で、日加トゥデイの連載「カナダ“乗り鉄”の旅」の執筆者が結果と、採点方法などの舞台裏を明かす。
【鉄旅オブザイヤー】国内の鉄道旅行に贈られる代表的な賞で、テレビ番組で「鉄道旅行のアカデミー賞」と紹介された。旅行業界でつくる鉄旅オブザイヤー実行委員会が主催し、2011年度から毎年実施。後援にはJR旅客6社全てと、私鉄でつくる日本民営鉄道協会、日本旅行業協会といった鉄道・旅行業界の主要企業・団体がそろっており、国土交通省鉄道局も含まれる。
旅行会社のツアーを対象にした旅行会社部門は、外部審査員として委員長の芦原伸・日本旅行作家協会専務理事や、筆者(大塚圭一郎・共同通信社ワシントン支局次長)ら計11人が務めている。
公式ホームページ:https://www.tetsutabi-award.net/
アカデミー賞方式で事前に候補を発
今回の旅行会社部門は2023年に催行または開催を決めた国内の鉄道旅行を募集し、前年度より21件減の65件の応募があった。
アカデミー賞が候補作品を事前にノミネートするように、鉄旅オブザイヤー実行委員会は旅行会社部門の4つの主要部門賞を事前に発表する方式を20年度から採用。それらが候補となり、授賞式当日の決選投票でグランプリを決めるようになった。
事前に発表された主要4部門のうち75%に当たる3部門をJTBが占めた。残る鉄道愛好家向けの「鉄っちゃん部門賞」を受賞し、グランプリにも輝いたのが鉄道ファンの子どもと家族の集客を目指した日本旅行の「北陸新幹線乗務員お仕事体験ツアー」だ。
JR西日本の「WESTER(ウェスター)」会員を対象に2023年11月18日、同25日、12月9日の各日出発の3回実施し、計103人が参加した。
参加者は石川県と富山県にあるJR西日本の施設を訪れて北陸新幹線用車両「W7系」を模擬運転できるシミュレーターや、W7系に乗り込んでの運転台見学や車内放送などを体験した。鉄道好きの子どもを主なターゲットに据えた企画だったが、日本旅行は「実は(同行した)大人の方が体験に夢中になっている姿も見られた」と説明した。
新幹線史上初のプロレス大会
団体旅行を対象とした「エスコート部門賞」を受けたのは、東海道新幹線「のぞみ」の車内で開かれた新幹線史上初めてのプロレス大会「新幹線プロレス」だ。2023年9月18日の「のぞみ」371号の最後尾の16号車を丸ごと借り切り、東京駅から名古屋駅まで対戦するシングルマッチ一本勝負を敢行した。
運賃などに限定グッズを付けたプレミアシート(2万5千円)、指定席(1万7700円)の計75席を23年8月5日に売り出したところ、発売開始から約30分で完売した。
対戦したのは、東京ドームで激闘を繰り広げたこともある鈴木みのる選手と高木三四郎選手。最高時速285キロで走る車内のため安全性に配慮して設備を壊してはいけない、天井にぶつかってはいけない、一部の技は使用を制限するといったルールを定めた。
新幹線の通路という幅が狭い“プロレスリング”でも手に汗を握る闘いが繰り広げられ、最後に「ゴッチ式パイルドライバー」という技を繰り出した鈴木選手が激闘を制した。
授賞式では筆者の「新型コロナウイルス禍が日本の大動脈である東海道新幹線の利用者数にも打撃を与えてしまった中で、最高時速285キロのプロレスリングという“史上最速”の格闘技会場に変身させて満員にした企画力を高く評価しました。安全性確保や設備の汚損防止といったJTBのスタッフによる入念な準備は旅行のプロとしての責任感が伝わり、小橋建太選手が車掌に変装して登場するといった意表を突いた演出も素晴らしかったです」というコメントを紹介していただいた。
末尾では惜しくも敗れた高木選手が「今度は名古屋駅から東京駅へ向かう『のぞみ』346号で逆襲する“リターンマッチ”が実現することを期待しています!」としたためたが、列車名を記した理由は高木選手の名前を見ていただければお分かりいただけよう。
海水浴列車を再現
個人向けツアーに贈る「パーソナル部門賞」に輝いたのも新幹線の旅行商品「新感戦 西九州新幹線かもめVS九州新幹線さくら あなたはどっち?」。2022年9月に武雄温泉(佐賀県武雄市)―長崎間で部分開業した西九州新幹線で佐賀県や長崎県を訪れるか、九州新幹線に乗って熊本県や鹿児島県を訪問するかを選べる。
JRグループと自治体が手がける大型観光企画「デスティネーションキャンペーン(DC)」を対象にした「DC部門賞」に選出されたのは、茨城デスティネーションキャンペーン(DC)期間中の23年12月10日に開催された「『茨城DC特別企画』 1日限りの復活運転 大洗エメラルド号で行く鹿島臨港線の旅」だ。
昭和時代の海水浴シーズンに大宮駅(さいたま市)と大洗駅(茨城県大洗町)を結んでいた海水浴客向けの臨時列車「大洗エメラルド号」の雰囲気を約35年ぶりに再現。当時の列車さながらに旧日本国有鉄道(国鉄)時代に製造されたディーゼル機関車「DE10」が12系客車を引き、通常は旅客列車が走らない貨物線の鹿島臨港線に乗り入れさせた。
主要部門賞の75%は筆者選出
筆者を含めた外部審査員は一次審査を通過したツアーを評価し、今回は4部門の計16商品が勝ち残った。審査項目には旅行のプロとしての企画性、独創性(オリジナリティー)、乗車する列車や路線の魅力度(鉄道力)、コストパフォーマンス、非鉄道ファンにとっての旅自体の魅力度(非鉄誘引力)、販売数や申し込み人数が多いかどうかの6項目があり、各項目10点ずつの60点満点で付ける。
鉄旅オブザイヤーの公式ホームページの審査員メッセージに掲載いただいた通り、今回は「新型コロナウイルス禍のリベンジとばかりに鉄道に乗る楽しみを訴求した旅行商品が多く寄せられ、どれも魅力的なツアーでした」というのが率直な感想だ。
甲乙付けがたい力作ばかりのため得点差を付けるのが忍びなかったが、主要4部門賞では75%に当たる3部門賞が筆者のそれぞれの部門で最も高い得点を付けた商品が選ばれた。これらは鉄っちゃん部門賞以外の3部門賞で、鉄っちゃん部門賞は迷った末に別のツアーに最高得点を付けていた。
グランプリの“4連覇”は幻に
一方、グランプリを決める決選投票は授賞式当日にある。4つの主要部門賞の受賞者が登壇して感想を語ったり、ツアーの様子や反響を紹介したりするプレゼンテーションの様子も評価対象になるため、賞状を受け取る舞台上でも気を抜くことができない。
しかし、筆者はアメリカに駐在中のため残念ながら授賞式に出席できなかった。このため授賞式のプレゼンテーションは見ないまま、選挙の「不在者投票」に当たる事前投票で新幹線プロレスに票を入れた。なぜなら二次審査に進んだ16商品のうち、新幹線プロレスに60点満点中54点と全体の最高得点を付けていたからだ。
4つの主要部門賞を事前に発表する方式に変わった20年度以降、筆者が決選投票で1票を投じたツアーが22年度まで3年連続で栄冠に輝いていた。しかし、今回は外れたため筆者のグランプリ投票の“4連覇”は幻と化した。
北陸新幹線乗務員お仕事体験ツアーのプレゼンテーションには日本旅行の企画担当者に加えて同社親会社のJR西日本のツアーを担当した運転士と車掌も登場し、新幹線に乗り込む前に実施する「乗務点呼」を実演するなどツアーの様子を分かりやすく再現した。
ある出席者はグランプリの結果は「プレゼンテーションの印象も強かったかと感じている」と指摘しており、筆者も授賞式に出席していた場合は悩んだ上で北陸新幹線乗務員お仕事体験ツアーに1票を投じた可能性はある。ただ、授賞式を欠席したのは筆者の都合であり、投票先を決めたのも筆者の責任なのは論をまたない。
ベストアマチュア賞は「福井横断の旅」
旅行会社部門の4部門賞以外では、国土交通省鉄道局長賞は、熊本地震で大きな被害を受け、2023年7月に全線再開にこぎ着けた南阿蘇鉄道(熊本県)を乗車する日本旅行と日本航空、JR九州などの共同企画「南阿蘇鉄道全線運転再開記念!特別トロッコ列車で南阿蘇・高森を巡る旅2日間」が受賞。
審査員特別賞には11年の豪雨で一部区間が被災し、22年に全線が復旧した福島県と新潟県を結ぶJR只見線で旅行するJR東日本びゅうツーリズム&セールスの商品「『只見線ナイトトレイン』で行く奥会津への旅/『只見線ナイトトレイン』で行く夕闇の只見線と磐越西線・只見線の橋梁ビューポイント巡り」が輝いた。
一般消費者から旅行企画を募るアマチュア部門には42件の応募があり、ベストアマチュア賞は東海大学遠藤ゼミ鉄旅FCプロジェクトチーム、矢部航平さんの企画「あなたはきっと、福井が好きになる。~雪月花(せつげっか)で行く福井横断の旅~」が受けた。
(寄稿 共同通信社ワシントン支局次長・鉄旅オブザイヤー審査員 大塚圭一郎)
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