大塚圭一郎
カナダ西部ブリティッシュ・コロンビア州(BC州)バンクーバーの都市圏の公共交通機関「トランスリンク」は無人運転電車「スカイトレイン」のエキスポライン、ミレニアムラインの両路線向けに次世代型車両「マーク5」をフランスの大手鉄道車両メーカー、アルストムに発注した。導入に伴い、1985年に登場した初代型車両「マーク1」は2027年末までに全て引退させる予定だ。両路線で現存するのはマーク1からマーク3までの3つの型式で、新型車両はマーク5と命名されて「4」を飛ばした。そこには日本などで「死」と同じ発音の4を不吉な数字と受け止めて避けるのとは異なる意外な理由があった―。
【アルストム】フランスの大手鉄道車両メーカー。フランスの高速列車「TGV」の車両、全米鉄道旅客公社(アメリカ、アムトラック)の高速列車「アセラ」の次世代型車両、通勤型電車、地下鉄用車両などの幅広い製品を作っている。カナダの輸送機器メーカー、ボンバルディアの鉄道車両部門だった旧ボンバルディア・トランスポーテーションを2021年に44億ユーロ(現在の為替レートで約7200億円)を買収して規模を拡大した。23年3月期決算の最終的なもうけを示す純損益は1億3200万ユーロの赤字と2年連続の純損失に陥り、23年11月には従業員1500人程度の削減を発表した。23年3月期の売上高は前期から約7%増の165億700万ユーロだった。
「V字型」の線形
スカイトレインの先駆けとなったのが、1985年に開業したエキスポラインだ。「エキスポ」という路線名が物語る通り、建設された大きな理由の1つが翌86年に開かれたバンクーバー国際交通博覧会の移動手段として活用するためだった。当初はカナダのパビリオン(現在のカナダプレース)に近い起点のウオーターフロント駅と、主要会場に設けたスタジアム駅(現在のスタジアム・チャイナタウン駅)を結んだ。
その後は順次延伸し、現在は途中のコロンビア駅(ニューウエストミンスター市)の先で二股に分岐してキングジョージ駅(サレー市)、プロダクションウエイ・ユニバーシティー駅(バーナビー市)がそれぞれの終点になっている。
ユニークなのは、ウオーターフロント駅の5つ先のコマーシャル・ブロードウエイ駅からプロダクションウエイ・ユニバーシティー駅までのエキスポラインの線形が「V字型」になっており、両駅を通る短絡線となっているミレニアムライン(本連載第11回参照)を含めて三角形を形成していることだ。
コマーシャル・ブロードウエイ駅からプロダクションウエイ・ユニバーシティー駅までは三角形の一辺を通るような線形のミレニアムラインだと8駅なのに対し、二辺を通るエキスポラインは14駅もある。エキスポラインを使った所要時間は36分と、ミレニアムラインの16分の2倍余りもかかる。
ただし、ミレニアムラインはバンクーバー中心部には乗り入れていない。このため、ミレニアムラインの沿線住民にとってもエキスポラインは中心部に向かう足として重宝する存在だ。
「元祖」車両の窓外に見えたのは…
そんな路線や時代の移り変わりを見守りながら現在も活躍しているのが、登場から40年近くとなるスカイトレインの「元祖」となる初代型車両のマーク1だ。「シンプル・イズ・ベスト」と言わんばかりに簡素な先頭形状で箱形の車両は、大規模空港の旅客ターミナル間を結ぶピープルムーバーのように簡素だ。
シンプルな外観が物語る合理性の極めつけが、スカイトレインの長所として歴代車両に引き継がれた無人運転だ。新型コロナウイルス禍後の人手不足もどこ吹く風と言わんばかりに、ウオーターフロント―キングジョージ間ならば最短2分おきの高頻度運転を実現している。
私は2023年12月にバンクーバーを訪れた際、ウオーターフロント駅からエキスポラインを利用した際にマーク1に乗り込んだ。隣のバラード駅に向かって地下区間に入ると、驚いたのが暗闇を突き破るように窓に映し出された色とりどりの動画広告だ。
トランスリンクによると、ウオーターフロント駅からバラード駅に向かう途中のトンネルの壁に360個の垂直発光ダイオード(LED)照明を並べており、センサーが電車の進入を検知すると約10秒間にわたって映像を流して乗客にアピールする。
2022年4月に北米で初めてこの区間に実用化された「バンクーバー自慢」は、地元住民または「よそ者」なのを判別するリトマス試験紙の役割も果たす。見慣れた様子の地元住民はちらっと眺めるだけなのに対し、高校生の息子と私は「オー」と声を上げながら感心して「アウェー感」を丸出しにしていた。
次世代型車両を205両導入へ
トランスリンクが「私たちのシステムで立派に運行してきた」と評価するのが最古参のマーク1だ。しかし、トランスリンクはエキスポラインとミレニアムラインに次世代型車両マーク5(5両編成)を41編成、計205両を順次導入し、老朽化しているマーク1を2027年末までに引退させる計画だ。
マーク5の設計は、この型式と同じくアルストムが製造し、営業運転中の車両では最も新しい2016年登場の「マーク3」をベースにしている。ただ、マーク5は先頭部に発光ダイオード(LED)を使った縦長の前照灯を設け、車内の自転車を置くスペースを広げ、扉の上に設ける運行案内の表示画面を大型化するなどの改良を施している。
なぜ「マーク4」を飛ばした?
最も新しい型式のマーク3の次の型式がマーク5となり、「マーク4」を飛ばしたことに首をかしげる向きもあるかもしれない。
この理由についてトランスリンクは「マーク3を将来的にアップグレード(大規模改修)した場合に『マーク4』の名称を使う可能性があるからだ」と説明している。
トランスリンクはこれまでに老朽化対策としてマーク1を改修した実績があり、マーク3も将来改修することを想定している。マーク1は改修後も型式名を変えなかったが、マーク3については改修後の車両を「マーク4」に変える可能性を想定しているという。
そこでマーク3の次となる次世代型車両を命名する際、あえて「4」の数字をスキップして「マーク5と名付けた」と説明している。
ただ、トランスリンクはマーク3を大規模改修後に型式名を「マーク4」に変えるかどうかは「現時点では未定だ」と強調する。「『マーク4』の型式名が使用されないこともあり得る」とコメントしており、幻の型式名に終わる可能性も否定できない。
改番すれば“原点回帰”
もっとも、マーク3を将来的に「マーク4」へ改番した場合には、エキスポラインとミレニアムラインの車両番号の命名規則が“原点回帰”する。
エキスポラインとミレニアムラインには3桁の車両番号を付けており、マーク1は1桁目が「0」または「1」を割り振った。続いて2002年に営業を始めた「マーク2」の1桁目は「2」となり、ここまでは車両番号の付け方は規則通りだった。
しかし、マーク2を2009年に追加発注した際に軌道を外れ、1桁目に「3」を用いたのだ。その結果、マーク3の1桁目に付けるのに似つかわしい「3」は使用済みだったため、「4」を冠した。
もしもマーク3を改修後に「マーク4」へ改番すれば車両番号の1桁目の「4」と符合し、再び命名規則通りになるのだ。
命名規則をそれる次世代型車両
車両番号の命名規則に従えば、次世代型車両のマーク5は1桁目に「5」を冠した3桁の車両番号をあてがわれることになる。1桁目に「5」を付けている車両はないため、一見すると可能に思われる。
しかしながら、スカイトレインの事情通は「マーク5の車両番号は4桁に変わる」と打ち明ける。背景としてトランスリンクはマーク5の205両の製造を既にアルストムに注文しており、最大で400両の追加発注の権利を持っている事情がある。
もしも命名規則に沿って3桁の車両番号を付けた場合、1桁目が「5」の番号では足りなくなる。最大となる計605両をアルストムに発注することになれば3桁の番号からもあふれ、4桁の番号を付与することになる。
そこで「マーク5は最初から4桁の車両番号をあてがうことになった」(事情通)という。
1桁目は「5」にあらず!
致し方ない理由によって車両番号が4桁に変わるものの、マーク5なので1桁目に「5」を付けるルールは命名規則に従うのが自然に思える。
ところが、カナダ東部オンタリオ州キングストンにあるアルストムの施設で2023年に始まった最初の編成(5両編成)が試験走行する動画を眺めてあぜんとした。4桁の車両番号の1桁目に冠しているのは「6」で、予期していた「5」ではないのだ。
最初の編成の車両番号は6011~6015が付けられていた。推察すると、マーク5は1桁目に「6」を冠し、2桁目と3桁目が編成番号、4桁目がその車両の番号という命名法則らしい。最初の編成は2桁目と3桁目が「01」なので、2番目に造られる編成には6021~6025の車両番号を付与する公算が大きい。
マーク5にはこれまでと全く異なる命名規則が適用されるようになり、頭を整理するために「TAKE FIVE」(5分休憩しよう)と言いたくなる事態だ。「元祖」スカイトレインのマーク1から世代交代して車両番号の付け方も車両のデザインも大きく変わるマーク5には、近未来的な外観と優れた走行性能、快適な居住性で乗客が「HIGH FIVE」(ハイタッチ)をしたくなるような高い完成度を期待したい。
共同通信社ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
「カナダ “乗り鉄” の旅」
大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社ワシントン支局次長・「VIAクラブ日本支部」会員
1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。大阪支社経済部、本社(東京)の編集局経済部、3年余りのニューヨーク特派員、経済部次長などを経て2020年12月から現職。運輸・旅行・観光や国際経済の分野を長く取材、執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。
優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を13年度から務めている。共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)などがあり、CROSS FM(福岡県)の番組「Urban Dusk」に出演も。他にニュースサイト「Yahoo!ニュース」や「47NEWS」などに掲載されているコラム「鉄道なにコレ!?」、旅行サイト「Risvel」(https://www.risvel.com/)のコラム「“鉄分”サプリの旅」も連載中。