16 ☆「訪ねる」と「訪れる」いと厄介 !

日本語教師  矢野修三

 日本語教師として、日本語は難しいなどと、決して口には出したくない。でも、確かにいろいろ難しさはある。その一つが「漢字」。こんな複雑な文字に、中国文化圏以外の国の学習者はなかなか馴染めず、学習意欲も湧いてこない。

 まず、漢字にはいろいろな読み方があること。表音文字のアルファベットなどでは考えられないが、はるか昔、中国から伝わった表意文字の漢字には音読み(中国式発音)や訓読み(日本式発音)があり、複数の読み方があるのは致し方なし。

 さらに、送り仮名によって読み方や意味が変わってしまうなど、日本人でも戸惑うことがあり・・・、生徒にとっては超難解である。しかし日本語をマスターするには、「漢字」は避けて通れず、何とか頑張ってもらいたい。でも漢字に面白さを見いだす生徒もおり、うれしい限り。

 そんな漢字に興味を持ち、前のエッセイ「日光は結構です」を読んだ上級者から、今度日本に行ったら、ぜひ日光に行きたいですが・・・、「日光を訪ねる」と「日光を訪れる」と、どちらがいいですか、どんな違いがありますか、こんな質問が舞い込んできてうれしいやら戸惑うやら。

 確かに、この「訪」だが、送り仮名によって「訪(たず)ねる」と「訪(おとず)れる」と読み方が変わるし、意味も若干違いがあり、とても厄介である。

 漢字指導に決まりなどないが生徒に合わせて、いろいろ工夫を凝らしながら・・・。この「訪」も先ずは音読みの「訪問する」を。さらにレベルが上がるにつれ、訓読みの「訪ねる」や「訪れる」も教えたくなる。すると違いが気になる。英語ではすべて「visit」であろう。でも日本人は習った記憶などないが、母語として何となく見事に使い分けている。

 先ず「訪ねる」だが、ある目的を持って人や場所に行く行動に。「訪問する」とほぼ同じで、「田中さん」や「○○会社」を訪ねる、である。一方「訪れる」は主に観光地などへの行動に。「壮大な景色のバンフを訪れる」などで、確かに「田中さんを訪れる」はチト違和感あり。でも「宅」を付け「田中さん宅を訪れる」は違和感なし。うーむ、なるほど。

 そこで、「日光」は場所だから「日光を訪れる」のほうがふさわしいね、と彼に説明した。でも、日光に行って「徳川家康公」に会いたい、そんな思いが強ければ・・・、「日光を訪ねる」も結構なのでは。うーん、ごもっとも。生徒にはあまり気にすることないよ、と教えたい。

 しかし「訪れる」しか使えない表現もあるので要注意。「何か待ち望んでいる状況がやってくること」。例えば「季節」や「平和」など。「やっと春が訪れた」や「訪れる」の名詞化した「訪れ」を使って「木の葉が色づき、秋の訪れを感じる」など。単に「春や秋が来た」よりは、とても趣のある表現になり、使いこなせれば上級レベルの証(あかし)で、教師冥利に尽きる思いでである。

 加えて、悲惨な戦火が一日も早く収まり、全世界に「平和が訪れる」。そんな日を願うばかりである。

「ことばの交差点」
日本語を楽しく深掘りする矢野修三さんのコラム。日常の何気ない言葉遣いをカナダから考察。日本語を学ぶ外国人の視点に日本語教師として感心しながら日本語を共に学びます。第1回からのコラムはこちら

矢野修三(やの・しゅうぞう)
1994年 バンクーバーに家族で移住(50歳)
YANO Academy(日本語学校)開校
2020年 教室を閉じる(26年間)
現在はオンライン講座を開講中(日本からも可)
・日本語教師養成講座(卒業生2900名)
・外から見る日本語講座(目からうろこの日本語)    
メール:yano@yanoacademy.ca
ホームページ:https://yanoacademy.ca