「カナダ“乗り鉄”の旅」第14回 NY、ワシントン地下鉄の新潮流の〝先駆車〟はトロントにあり!カナダ最大都市・トロント編

カナダ・トロント交通局の地下鉄1号線を走る通称「トロントロケット」(2024年2月、トロントで大塚圭一郎撮影)
カナダ・トロント交通局の地下鉄1号線を走る通称「トロントロケット」(2024年2月、トロントで大塚圭一郎撮影)

大塚圭一郎

 アメリカの最大都市ニューヨークの地下鉄で今年2月に営業運転が始まった川崎重工業グループ製の新型車両が、車両同士の連結部分に利用者がそのまま通り抜けられる開放された通路「オープンギャングウェイ」(OPEN GANGWAY)を採用した。ワシントン首都圏の地下鉄も2025~26年の冬に受領開始予定の日立製作所グループ製車両で初めて導入する。アメリカの大都市の地下鉄で新潮流となっている構造の〝先駆車〟になったのは、カナダの最大都市であるオンタリオ州トロント都市圏を走るトロント交通局(TTC)の地下鉄だ。

トロントロケットの壁面に貼られたトロント交通局のロゴ(2024年2月、トロントで大塚圭一郎撮影)
トロントロケットの壁面に貼られたトロント交通局のロゴ(2024年2月、トロントで大塚圭一郎撮影)

【トロント交通局】カナダで最大の都市、トロントの都市圏で地下鉄や路面電車、路線バスを運行している交通当局。英語名の「TORONTO TRANSIT COMMISSION」を略して「TTC」と呼ばれる。2023年の平日1日当たりの平均利用者数は約248万3800人に達する。
 IC乗車券「PRESTO(プレスト)」を使えば、片道2時間以内のTTCの公共交通機関を大人3・25カナダドル(1カナダドル=117円で約380円)で利用できる。現金の場合は大人3・30カナダドルとなる。
 地下鉄は3路線があり、VIA鉄道カナダなどと接続する中央駅のユニオン駅を経由してU字型に走って南北を結ぶ1号線(路線図のラインカラーは黄色)、東西を走る2号線(緑色)、1号線のシェパード・ヤング駅で分岐して東西に走る4号線(紫色)がある。
 2号線の終点のケネディ駅では、主に高架を走る電車が行き来する路線の3号線が接続していた。老朽化を受けて2023年11月に路線バスで置き換えることが決定後、5人がけがを負う脱線事故が起きたため運行終了が23年7月に前倒しされた。

NY地下鉄では2月から

 ニューヨークの都市圏交通公社(MTA)の地下鉄で、川崎重工が最大1612両を納入する契約を結んだ新型車両「R211」の導入が進んでいる。うち車両同士の連結部分にオープンギャングウェイを採用した新たなタイプ「R211T」の営業運転が今年2月1日に始まった。

アメリカ・ニューヨーク地下鉄の「R211」(2024年5月、ニューヨークで大塚圭一郎撮影)
アメリカ・ニューヨーク地下鉄の「R211」(2024年5月、ニューヨークで大塚圭一郎撮影)

 オープンギャングウェイは幌で覆われた通路に仕切り用の扉がなく、乗客がそのまま行き来できる仕組みだ。R211Tは全長18・4メートルの車両を5両連結しており、2編成をつないだ10両で運用している。

 ニューヨークを含めたアメリカの地下鉄車両の多くは、火災などの非常時の避難だけに利用できる脱出用扉を連結部に設置している。ニューヨーク地下鉄では「車両間の乗車や移動を禁止する」と記したシールを貼っており、平常時は通り抜けることを禁じている。

 だが、勝手に開けて隣の車両に移る乗客が後を絶たないのにとどまらず、若者らの常軌を逸した〝超非常識行動〟に悪用されているのが頭痛の種になってきた。

昨年は少なくとも5人死亡

 その〝超非常識行動〟とは脱出用扉を通り、主に地上区間を走る際に連結部分から屋根によじ登ってサーフィンのような姿勢を取る「地下鉄サーフィン」だ。地下鉄は線路の脇にある第三軌条から電気を取り込んでいるため架線はないものの、地下鉄サーフィンをしている最中にトンネルや橋にぶつかるなどして転落し、死傷する若者が相次いでいる。

 MTAによると、地下鉄サーフィンによって2023年に少なくとも5人が死亡し、今年1月にも14歳の少年が命を落とした。

 防止のためにMTAは2023年9月、車内や駅構内での放送や案内表示で地下鉄サーフィンの危険性を警告するキャンペーンを開始。次なる一手として導入したのが、連結部分を幌で覆っているため屋根に上がりにくいのが特色のR211Tだ。

 ニューヨーク州のキャシー・ホークル知事は「広がっている地下鉄サーフィンのために若者が犠牲になるのを防ぐことができる」と安全性向上に期待を込めた。MTAのジャノ・リーバー最高経営責任者(CEO)も「購入する車両は最も革新的な設計でなければならない」とオープンギャングウェイを採用した意義を強調した。

ワシントン地下鉄はCEOの鶴の一声で

ワシントン首都圏交通局の次期車両「8000系」の実物大模型(2024年3月、ワシントンで筆者撮影)
ワシントン首都圏交通局の次期車両「8000系」の実物大模型(2024年3月、ワシントンで筆者撮影)

 ニューヨーク地下鉄のR211Tに触発され、日立グループが製造する次期車両「8000系」でオープンギャングウェイを初めて採用することを決めたのがワシントン首都圏交通局の地下鉄だ。

 ワシントン地下鉄では「今のところ地下鉄サーフィンは問題化していない」(職員)という。だが、ランディ・クラークCEOが8000系の設計に当たって「ニューヨーク地下鉄のオープンギャングウェイを参考にすべきだ」と鶴の一声を発したのを受け、従来の車両のように連結部分に脱出用扉を設ける計画を見直した。

 クラーク氏は「オープンギャングウェイの採用とより広い車内空間、リアルタイムの情報を提供できる改善されたデジタル案内板、安全性を高めるための強化された監視カメラシステム、持続可能性を高めたアルミ合金製車体、そして目を引くデザインと世界中の最善の要素を採り入れてこの電車(8000系)に詰め込んだ」と胸を張る。

ワシントン首都圏交通局の8000系の実物大模型に設けられたオープンギャングウェイ(2024年3月、ワシントンで筆者撮影)
ワシントン首都圏交通局の8000系の実物大模型に設けられたオープンギャングウェイ(2024年3月、ワシントンで筆者撮影)

 日立グループは、ワシントン近郊に新設した工場で8000系を量産。ワシントン首都圏交通局幹部は「最初の編成を受け取った後に試運転を1年間実施し、2027年に営業運転を始める予定だ」と説明する。

 かつてはヨーロッパ系メーカーの独壇場だったワシントン地下鉄は、今や川崎重工製の7000系が748両と営業用車両の6割超を占める主力車両となっている。さらに8000系の運転が始まれば、日本の同盟国であるアメリカの首都圏で日系メーカーがほとんどを占めるようになる。

トロントロケットが広く採用

 ワシントン地下鉄が手本としたニューヨーク地下鉄よりも早く、オープンギャングウェイを広く採用したのがTTCの地下鉄だ。2011年に登場した通称「トロントロケット」の電車が、全ての連結部分にオープンギャングウェイを用いている。先頭部の中央に貫通扉を備えたステンレス製の車両で、カナダの輸送機器メーカー、ボンバルディアの傘下だった旧ボンバルディア・トランスポーテーション(現在のフランスのアルストム)が製造した。

 トロントロケットは、1954年にカナダで最初の地下鉄として部分開業した1号線と、2002年開業とTTCの地下鉄路線で最新の4号線で運用されている。

 今年2月、トロント中心部にあるオスグッド駅から1号線に乗り込んだ。地上の入り口から階段を降りて自動改札機でIC乗車券のプレストをかざし、階下のプラットホームに着くとフィンチ行きのトロントロケットが入線した。

 1号線は1編成に6両を連結しているが、同じく6両編成で運転している東京メトロの銀座線、丸ノ内線よりもはるかに長い。というのもトロントロケットは1両当たりの全長が23メートル程度で、銀座線の16メートル、丸ノ内線の18メートルより長いからだ。

 トロントロケットは両端の運転席を備えた先頭車の全長の方が、中間車より長い。このような違いがあるのは東北・北海道新幹線で運用されている「長い鼻」のような先頭形状が特徴的なJR東日本のE5系、JR北海道のH5系も同じだ。

東北・北海道新幹線で運行されているJR東日本の「E5系」(2024年6月16日、東京都台東区で筆者撮影)
東北・北海道新幹線で運行されているJR東日本の「E5系」(2024年6月16日、東京都台東区で筆者撮影)

ユニオン駅を挟んだヘアピンカーブ

 トロントロケットに乗り込むと、車両同士をつないだ5カ所全てがオープンギャングウェイのため先まで見通すことができた。よって開放感があり、1編成が実際よりも長いように感じさせる視覚的な効果を生んでいる。

トロントロケットの車内のオープンギャングウェイ(2024年2月、トロントで大塚圭一郎撮影)
トロントロケットの車内のオープンギャングウェイ(2024年2月、トロントで大塚圭一郎撮影)

 この区間はトロント大学からユニオン駅付近まで南北につなぐユニバーシティー(大学)通りの地下を走っている。電車は次のセントアンドリュー駅を出発後、「キキキキ」という車輪と線路の摩擦音を奏でながら急カーブを曲がった。

 東西に延びているフロント通りの地下へと進路を変えるためで、電車はユニオン駅のプラットホームに滑り込んだ。ユニオン駅を出ると南北につなぐヤング通りの地下を通るため、再び急な曲線を通る。

 すなわちユニオンを挟んで「U字」状のヘアピンカーブになっており、1号線に乗る際のちょっとした見せ場だ。

 ユニオンから北へ向かって11駅先にあるエグリントン駅までの区間は、1954年に1号線が最初に開通した。カナダの地下鉄の〝元祖〟となっており、主にヤング通りの下を通る。

 トロントロケットの車内に掲げられた路線図の駅名をまじまじと眺めていると、「これは面白い!」と思った。それはまた別のお話―。

トロントのユニオン駅舎(2024年2月、大塚圭一郎撮影)
トロントのユニオン駅舎(2024年2月、大塚圭一郎撮影)

共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
カナダ “乗り鉄” の旅

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社デジタルコンテンツ部次長・「VIAクラブ日本支部」会員

1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年5月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。

 優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載「鉄道なにコレ!?」と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
 勤務先以外では本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」のほかに、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も執筆中。
 共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。