第16回 おひとりさまが終活をしないと、どうなる?! Pさんのケース その3~Let’s 海外終活~

終活は新しい大人のマナー

叶多範子

秋の気配が少しずつ感じられ始める今日この頃。みなさんは思い思いの夏を楽しめたでしょうか? 夏の喧騒が遠のき、静かに秋が忍び寄る季節の変わり目。カナダの長い冬がまた始まると思うと、心に重みが感じられる瞬間もあります。しかし、その前に訪れる秋の輝きは、私たちに最後の華やかな贈り物をしてくれるようです。メープルの葉が赤や黄金に染まり、澄んだ青空との対比が心を躍らせます。この数少なくなってきた晴れやかな日々を、一瞬一瞬大切に味わいたいものです。

さて、前回からの続きです。

妹さんの帰国により、Qさんの肩にのしかかる責任が一層重くなりました。Pさんの遺産整理が本格化する中、持ち家だったことが幸いし、即座の退去は免れました。しかし、新たな問題が次々と浮上します。

まず直面したのは、マンションの保険切れでした。保険会社に連絡すると、「空き家」扱いとなるため、Pさんが加入していた保険の継続は不可能だと告げられます。水回りトラブルへの不安から、可能な限りの保険に加入しましたが、それは新たな重荷となりました。保険会社の担当者から「毎日の部屋チェック」を強く要求されたのです。

Qさんには自身の生活があり、Pさんの家からも遠距離に住んでいたため、毎日の訪問は現実的ではありません。結局、週に1度の換気を兼ねた訪問で妥協することになりました。

しかし、最大の難関がまだ待っていました。それは、デジタル資産へのアクセス問題です。Pさんは銀行取引から公共料金の支払いまで、すべてをオンラインで管理していました。どの金融機関や事業者と取引があったのかを把握するため、Qさんは古い通帳や明細書を必死に探し出さねばなりませんでした。

Pさんは一人暮らしだったせいか、パスワードやユーザー名の記録を残していませんでした。見つかったメモは判読困難な走り書きで、どのアカウントに対応するものかも不明でした。結果として、Qさんは各機関に個別に問い合わせるという煩雑な作業を強いられることになりました。

もしパスワードが判明していれば、Pさんのメールアドレスにアクセスでき、取引先や親しい知人への連絡もスムーズだったはずです。しかし、それも叶わず、Qさんの苦労は続くことになります。

この経験は、デジタル時代における「おひとりさま」の終活の難しさと、事前準備の重要性を浮き彫りにしました。パスワード管理や緊急時のアクセス権設定など、デジタル資産の承継計画が不可欠であることを、Pさんのケースは如実に物語っているのです。

幸いにも残っていたマンションのローンは生命保険で完済されたため、Pさんには大きな借金はないことは確認することができました。でも、もしかしたら誰も把握していないPさんの資産があったかもしれませんが、それはもう知る由がありません。

さらにQさんが直面した重要な課題の一つが「グラント」の取得でした。このグラントとは、裁判所が発行する遺産管理権を認める不可欠な法的文書です。Qさんは弁護士事務所に手続きを依頼しましたが、Pさんの事案が通常とは異なる少し複雑なケースだったため、この相続手続きにおいて重要なグラントの入手に約1年以上もの時間を要しました。これが出たら、すぐに銀行がお金を払い戻してくれるのかと思いきや、なかなか手続きをしてくれません。Pさんに関する税金の支払いもわからないため、会計士さんにお願いすることになりました。

Pさんの遺産整理は、想像以上に複雑で時間のかかる作業でした。管理費の未払い金の精算、滞納していた税金の支払い、さらには裁判所や弁護士事務所への対応など、次々と浮上する問題に、Qさんは粘り強く取り組みました。

マンションの片付けも大きな仕事でした。長年の生活で蓄積された私物の整理、不用品の適切な廃棄、そして部屋全体の徹底的な清掃。これらの作業を終えてようやく、マンションを売却に出すことができたのです。幸いにも、Pさんがマンションを購入した際の不動産業者の協力を得られ、比較的短期間で買い手を見つけることができました。

QさんがPさんとそのご家族のために尽力したことは、ここに書ききれないほど多岐にわたります。その献身的な姿勢と、惜しみなく費やした時間と労力には、聞いた誰もが頭が下がる思いでした。

続く

*このコラムは終活に関する一般的な知識や情報提供を目的とするものです。内容の正確さには努めておりますが、必要に応じてご自身で確認、または専門家へご相談ください。このコラムを元にして起きた不利益は免責とさせていただきます。

「Let’s海外終活~終活は新しい大人のマナー」の第1回からのコラムはこちらから。

叶多範子(かなだ・のりこ)

海外終活アドバイザー・弁護士アシスタント
「終活をせずに亡くなった!認知症になって困った!途方に暮れた!!」を、「終活しておいて良かった!」「終活してくれていて、ありがとう!」に変えたい!そんな思いから2020年に終活アドバイザー資格を取得。海外在住の日本人向けの「海外終活」についての講座や説明会、ご相談はブログやFacebookなどのSNSをご覧ください。家族はカナダ人の夫+息子2人+猫1匹、バンクーバー在住。

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