日本語教師 矢野修三
中秋の候、木の葉も色づき、日に日に目を楽しませてくれる。でも、「Rainクーバー」と揶揄されるバンクーバーは間もなく雨期がやってくる。毎日、雨、雨。気持ちも湿りがちでうんざりだが、雨は日本語教師にとっても、手ごわくてうんざり。この「雨」、漢字はやさしいが、読み方がいろいろ変化するので、生徒は大変だし、教師も説明に大変。
先ずは連濁現象。「鼻」+「血」が連なって一つの単語「鼻血」になると、後ろの「血」が濁り、「はな+ぢ」となる現象。「青空」は「あお+ぞら」になる。すると、「雨空」は当然「あめ+ぞら」に・・・。うーん。でも正しくは「あまぞら」。なぜ「あめ」が「あま」に・・・。ややこしい。
さらに、「大雨」は「おおあめ」だが、「小雨」は「こあめ」でも「こあま」でもなく、ナント「こさめ」である。えー、なぜ、生徒の悲鳴が聞こえてくる。
確かに、この「雨」は日本語教師として手ごわく、生徒の戸惑いもよく分る。でも、こんなこと日本人はほとんど意識したことない。母語として、子供のころから「雨雲」は「あまぐも」、「雨戸」は「あまど」、さらに「春雨」は「はるさめ」などと聞き習ってきた。慣れや言いやすさもあり、なぜ「あめ」が「あま」や「さめ」になるのかなどほとんど考えたこともないのでは・・・。
かなり昔、上級者に「雨(あま)宿り」の話をしたら、バンクーバーでは、雨宿りなどする人はほとんどいないとのこと。確かに、傘なしで歩いている人多し。加えて、「雨男」って、おもしろい表現ですが、読み方はなぜ「あま男」ではなくて「あめ男」なんですか、と思いもよらぬ質問を受けて、びっくり。うーん、困った思い出がある。
話し言葉における音声変化は、日本語だけでなく、どこの言語にも必ずあるはず。たとえば、英語の「want to」が「wanna ワナ」に、Why? 特にフランス語は言語として、長い、かなり込み入った歴史も絡んで、音声変化はとても複雑なようである。
会話における音声変化には一応ルールはあるが、例外も多々あり、複雑で、いちいち生徒に説明などする必要はなく、「発音のしやすさ」が一番大事、と教えるようにした。
これは日本で一番古いとされている「なぞなぞ」で、「母には二度会うが、父には一度も会わない、なーんだ?」である。答えは「くちびる」。理由は、平安、室町時代ごろの「母」の発音は、「ふぁ ふぁ」だったようで、上と下の唇が二度触れ合うが、「父」の発音は「ち ち」で唇は一度も合わない。なるほど、面白い。でも、江戸中期以降から、発音は「は は」になり、もはや意味が分からない「なぞなぞ」になってしまった。
このように言葉の発音はその時代、時代の人たちの言いやすさが最優先であり、時代とともに変化するのは当然。生徒には、「あまぐも」や「あめおとこ」の発音が現代の日本人にとって、言いやすいからが理由。あまり気にせず、ぜひ慣れ親しんで、と説明ではなく、エールを送っている。ひょっとすると、100年後には、「雨雲」や「雨男」の読み方も変わっているかも・・・。
この連濁に関してはこんな質問も。「豆腐汁」は「豆腐+じる」なのに、どうして「味噌汁」は「味噌+じる」と濁らないのか・・・。えー、衝撃ではなく、笑撃を受けた。でも落ち着いて、日本人には「みそじる」は言いにくいし、まずそうに聞こえるからね。 That’s all.
「ことばの交差点」
日本語を楽しく深掘りする矢野修三さんのコラム。日常の何気ない言葉遣いをカナダから考察。日本語を学ぶ外国人の視点に日本語教師として感心しながら日本語を共に学びます。第1回からのコラムはこちら。
矢野修三(やの・しゅうぞう)
1994年 バンクーバーに家族で移住(50歳)
YANO Academy(日本語学校)開校
2020年 教室を閉じる(26年間)
現在はオンライン講座を開講中(日本からも可)
・日本語教師養成講座(卒業生2900名)
・外から見る日本語講座(目からうろこの日本語)
メール:yano@yanoacademy.ca
ホームページ:https://yanoacademy.ca