カナダでメンタルヘルスを考える – うつ病編(2)

 9月も半ばを過ぎ、気温が下がり、急に秋らしさが感じられるようになりました。これから日照時間が短くなっていきますから、メンタルヘルスの管理には気をつけていきましょう。前回のコラムではうつ病についてお話ししましたので、今回はその治療薬について詳しく見ていきたいと思います。

抗うつ薬の基本

 抗うつ薬は、作用機序によっていくつかのグループに分けられます。具体的にはセロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミンという脳内の神経伝達物質を増やすことで、うつ病の症状を改善するのが主な役割です。

  • セロトニン:気分を安定させる役割を持ち、不安や落ち込みに影響を与えます。セロトニンが不足すると、不安感や抑うつ症状が現れることがあります。
  • ノルアドレナリン:意欲や気力、注意力、覚醒状態に関与しています。ノルアドレナリンが低下すると、意欲の低下や疲労感が生じることがあります。
  • ドーパミン:興味や楽しみを感じるために重要な物質です。ドーパミンが減少すると、興味や楽しみが薄れ、場合によっては運動機能にも影響を及ぼします。

 これらの神経伝達物質は、それぞれ異なる役割を果たしており、うつ病や不安障害の症状と深く関連しています。

抗うつ薬の種類

 抗うつ薬は、作用機序や化学構造をもとに、以下のようなグループに分けられます。

  1. 三環系抗うつ薬(例:amitryptyline、nortryptyline)
  2. 選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)(例:fluoxetine、paroxetine、citalopram, escitalopram, sertralineなど)
  3. セロトニンとノルアドレナリンの再取り込み阻害薬(SNRI)(例:venlafaxine、duloxetine)
  4. ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬(例:mirtazepine)
  5. ドーパミン再取り込み阻害薬(例:bupropion)

1.三環系抗うつ薬

 薬の化学構造に名前の由来する三環系抗うつ薬は、1950年代から臨床的に使用されてきました。これらの薬は、ノルアドレナリンやセロトニンなどの神経伝達物質に作用し、効果を発揮します。うつ病だけでなく、神経性疼痛や片頭痛予防、不安障害、睡眠障害にも用いられます。ただし、口渇、便秘、排尿困難といった副作用が強く、高齢者には特に注意が必要です。現在ではSSRIやSNRIなどの新しい抗うつ薬が主流ですが、他の薬が効果を示さなかった場合には、三環系抗うつ薬も重要な選択肢となります。

2.SSRI

 選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)は、現在最も広く使用されている抗うつ薬の一つです。比較的副作用が少なく、初めて抗うつ薬を使用する患者さんに多く処方されます。ただし、吐き気や下痢、性機能障害といった副作用が見られることがあります。

 特にfluoxetineは、1980年代にアメリカで「プロザック」という商品名で登場し、著明にうつ状態を改善したことから「ハッピーピル」と呼ばれるようになりました。副作用が少なく、他の抗うつ薬に比べて安全性が高いことで人気を集めました。その後sertralineやescitalopramのような新しいSSRIが登場し、幅広く使用されています。

3.SNRI

 Venlafaxine、duloxetineといったセロトニンとノルアドレナリンの再取り込み阻害薬(SNRI)は、SSRIと同様にセロトニンに作用しつつ、ノルアドレナリンにも働きかけるのが特徴です。これにより、うつ症状の改善に加え、神経性疼痛などの身体的な痛みにも効果を示します。副作用としては、吐き気や不眠が挙げられますが、痛みを伴ううつ病の患者さんにとっては有用な選択肢となります。

4.ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬

 ノルアドレナリンとセロトニンの働きを増強するmirtazepineは、特に睡眠障害を伴ううつ病に効果的です。鎮静作用が強めで、夜間の服用が推奨されます。ただし、体重増加や眠気といった副作用があるため、体重のモニタリングが重要です。

5.ドーパミン再取り込み阻害薬

 ドーパミン再取り込みを阻害することで効果を発揮するbupropionは、うつ病治療だけでなく禁煙補助薬としても使用されます。ドーパミンを増やすことで気分を改善しますが、性機能障害などの副作用が少ないのが特徴です。しかし、てんかん発作のリスクがあるため、高用量での使用やてんかん既往歴がある患者さんには注意が必要です。

患者さんに合わせた薬選び

 これらの薬には多くの選択肢がありますが、どの薬が最も効果的かは患者さんによって異なります。同じ抗うつ薬でも、ある患者さんには効果がある一方で、別の患者さんには効果を感じられないこともあります。また、副作用の感じ方も人それぞれです。そのため、医師は患者さんの症状や体質、家族の精神病歴などを考慮しながら慎重に薬を選びます。

服用の際の注意

 抗うつ薬は服用開始から効果を感じるまでに通常2~4週間ほどかかります。そのため、毎日規則正しく服用し、すぐに中止しないことが重要です。初期には副作用が強く出ることもあるため、通常は少量から始めて副作用がないか確認しながら徐々に増量します。効果が見られ、症状が安定したら、同じ量をしばらく続けます。うつ病の薬は、症状が安定した後に少しずつ減量することもありますが、場合によっては長期間にわたり服用を続けることもあります。

 急に薬をやめると、脳内の神経伝達物質のバランスが崩れ、身体や精神に影響を及ぼすことがあります。再発や離脱症状が出るリスクがあるため、自己判断で中止することは避けてください。薬の減量は、生活の安定した時期に医師の指導のもとで慎重に行う必要があります。

大切なのは焦らないこと

 うつ病の治療は時間がかかることが多いので、焦らず自分のペースで進めることが大切です。薬をやめることを目指すのではなく、薬の力でちょうど良い心の状態を保ちながら日常生活を支障なく続けることが重要です。

*薬や薬局に関する質問・疑問等があれば、いつでも編集部にご連絡ください。編集部連絡先: contact@japancanadatoday.ca

佐藤厚(さとう・あつし)
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。 2008年よりLondon Drugsで薬局薬剤師。国際渡航医学会の医療職認定を取得し、トラベルクリニック担当。 糖尿病指導士。禁煙指導士。現在、UBCのFlex PharmDプログラムの学生として、学位取得に励む日々を送っている。 趣味はテニスとスキー(腰痛と要相談)

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