21 ☆「二人前」と「二人分」の読み方は・・・?

日本語教師  矢野修三

 ここは中華レストラン、コロナの少し前に日本語教師養成講座を受講して、随時オンラインで日本語を教えている卒業生から連絡があり、久しぶりの再会。ランチを食べに入った店である。彼曰く、「ここのチャーハンはすごく美味しいです。朝メシ抜きなので、僕は二人前食べます」である。若さを羨ましく感じたが、《ふたりまえ》の発音が気になり、わざと怪訝な顔をした。

 すると、まだ新米だが、さすが日本語教師、素早く悟って、「やはり《ふたりまえ》は間違いですか、すみません」である。確かに、この「二人前」の正しい読み方は「ににんまえ」である。でも、最近は「ふたりまえ」もかなり使われており、もはや間違えとは言えないかも・・・。事実、「二人分」はどちらもOKのようだが、「ににんぶん」よりは「ふたりぶん」のほうが言いやすいので、よく使われている。なぜ「前」と「分」で読み方が変わるのか・・・、日本人でも大いに戸惑ってしまう。

 このように、「二人」の発音は二通りあり、ややこしい。でもこれにはちゃんとした理由がある。ご存知のごとく日本語の数え方はとても複雑。「鳥」や「猫」「馬」などもそれぞれ異なるから大変。「人」は「ひとり、ふたり、さんにん、よにん・・・」と、しっかり教えているが、ここに原因が潜んでいる。

 よく考えてみると、一人(ひとり)、二人(ふたり)は和語、いわゆる日本式の読み方だが、三人(さんにん)からは漢語「にん」である。うーん、なぜ「ひとり」「ふたり」だけ和語の読み方をするのか、とても不思議。当然、漢語の読み方、一人(いちにん)、二人(ににん)もあり、ややこしくしている原因である。

 この「人」の数え方だが、はるか昔は「ひとり、ふたり、みたり、よたり、いつたり」のように全て和語で数えていたとのこと。それが、いつのころからは、はっきり分からないが、「ひとり、ふたり」だけ和語が残り、「さんにん」から後は、全て漢語になって自然と定着したとのこと。えー、なるほど。

 それゆえ、「一人」と「二人」は和語か漢語かどっちを使うか、混乱を招くのは当たり前。でも、「三人前」と「三人分」などはそんな問題は起こらない。

 でもなぜ「ひとり、ふたり」だけが和語なのか? はっきりした理由はないようだが、和語は話し言葉として柔らかさや親しみがあるからであろう。特に会話でよく使う「ひとり」と「ふたり」は感情や雰囲気を表わすのにふさわしく・・・。やはり、「一人ぼっち」が「いちにんぼっち」では馴染めないし、「二人の秘密」や「二人の思い出」なども「ににん」ではピンと来ない。その通り。

 確かに、慣用的な語句の「一人称・二人称」や「二人三脚」などは、漢語の「いちにん」や「ににん」のほうがふさわしい。でも、方言なども絡んで、「二人組」などもどちらでもOKとされている。されど、個人差もあろうが、何となくうまく使い分けているのでは。二人組の強盗などは「ににん組」だが、彼女との「二人組」は「ふたり組」のほうがいい感じでは。

 言葉はその時代の人々の感性や語感などによって変わっていく。彼曰く「言葉は生き物ですね。教えるのは大変ですが楽しいです。早く一人前の教師に・・・」と、《いちにんまえ》を強く意識して意見を述べた。すごい。もう一人前の教師である。ウーロン茶を一人前注文し、半分ずつにして、笑いながら乾杯。

「ことばの交差点」
日本語を楽しく深掘りする矢野修三さんのコラム。日常の何気ない言葉遣いをカナダから考察。日本語を学ぶ外国人の視点に日本語教師として感心しながら日本語を共に学びます。第1回からのコラムはこちら

矢野修三(やの・しゅうぞう)
1994年 バンクーバーに家族で移住(50歳)
YANO Academy(日本語学校)開校
2020年 教室を閉じる(26年間)
現在はオンライン講座を開講中(日本からも可)
・日本語教師養成講座(卒業生2900名)
・外から見る日本語講座(目からうろこの日本語)    
メール:yano@yanoacademy.ca
ホームページ:https://yanoacademy.ca