大塚圭一郎
カナダ東部オンタリオ州の公共交通機関、GOトランジットの鉄道はトロント・ユニオン駅を発着する7路線があり、うち過半の4路線はGOトランジットの列車に乗らなくても全区間を〝走破〟できてしまう。なぜそのような不思議なことが可能なのか?そして、GOトランジットの列車はなぜ日本の安全確認方法を採用するようになったのか?
【GOトランジット】オンタリオ州の運輸公社、メトロリンクス(Metrolinx)が運営する公共交通機関。最大都市トロントの都市圏を中心に鉄道と路線バスを走らせている。「GO」はオンタリオ州政府(Government of Ontario)の略。アメリカ公共交通協会(APTA)によると、2023年の累計利用者数は5603万6900人で、うち鉄道が4080万7100人、路線バスが1522万9800人だった。鉄道の線路幅は「標準軌」と呼ばれる1435ミリで、走っている路線の全長は625キロ。今後は一部区間の電化や、運行区間の延長を計画している。
バンクーバー都市圏と同じタイプの2階建て客車
白と緑色の塗装のGOトランジットの列車は、機関車が2階建て客車を引いたり、押したりして走る。使っている2階建て客車は側面が八角形のようになっており、同じタイプの客車はカナダ西部ブリティッシュ・コロンビア州バンクーバー都市圏でも使われている。皆様はどの路線かお分かりだろうか?
正解は、運輸当局トランスリンクが運行している鉄道路線「ウエスト・コースト・エクスプレス」(WCE)だ(本連載第9回「ご乗車は『日曜はダメよ』の“ゆとり運行”路線~世界で5番目に住みやすい都市・バンクーバー編」参照)。
WCEが列車につなぐ客車は最大10両。これに対してGOトランジットの列車は最大で12両の客車を連結し、朝方にトロント・ユニオン駅へ向かう通勤客や、夕方に近郊の自宅へ戻る帰宅客らを運んでいる。
1回乗っただけでも過半数の路線を〝制覇〟!?
私がGOトランジットの列車に乗ったのは、ユニオン駅からオンタリオ湖に沿って西側へ向かう「レイクショアウエスト線」を利用した1回だけだ。勤務先の共同通信社ニューヨーク支局に駐在中だった2014年7月、夏休みにナイアガラの滝を訪問後にトロントへ向かう際に乗車した。
にもかかわらず、私は7路線あるGOトランジットの鉄道4路線が走る区間を通った。よって、過半数の路線を既に〝制覇〟したような不思議な感覚を抱いている。
このような経験をしたのは、カナダの鉄道路線の大部分は貨物鉄道が所有しており、旅客需要がある路線では複数の旅客鉄道が線路を借りて運行しているという事情がある。トロント都市圏の幅広い区間では、貨物鉄道大手のカナディアン・ナショナル鉄道(CN)とカナディアン・パシフィック・カンザス・シティー(CPKC)の線路にGOトランジットや、都市間列車を運行する国営企業のVIA鉄道カナダなどが乗り入れているのだ。
私はVIA鉄道の列車に乗った際、GOトランジットのユニオン駅からオンタリオ湖東岸へ向かうレイクショアイースト線、ユニオン駅から北上してシムコー湖付近へ向かうバリー線、ユニオン駅から西へ向かうキッチナー線のそれぞれの区間を通った。よって、実際に乗車したレイクショアウエスト線を含めた4路線の区間を走破したことになる。
なお、レイクショアウエスト線が走っている区間にはVIA鉄道のユニオン駅を発着してウィンザー駅(オンタリオ州)と結ぶ列車や、世界三大瀑布の1つであるナイアガラの滝に近いナイアガラ・フォールズ駅(同州)とつなぐ列車も行き来している。このため、GOトランジットの列車に全く乗らずに4路線の区間を通ることも可能だ。
あっという間に郊外
トロント市によると、トロント都市圏の人口は2023年時点で約647万人に達しており、これは日本で3番目の都市圏となっている名古屋都市圏をやや下回る規模だ。
だが、JR名古屋駅から東海道線に乗るとビルやマンションが林立する都会的な風景がしばらく続くのに対し、GOトランジットの4路線の区間はあっという間に郊外に来たと実感させられるのどかな景色へと変貌する。
例えばレイクショアウエスト線とレイクショアイースト線にはオンタリオ湖の広々とした湖面を一望できる区間があり、トロントから保養地へ瞬時に移動したような錯覚を覚える。
GOトランジットの列車を通勤に利用している会社員は「座席からオンタリオ湖を眺めるのが日課になっているよ」と話していた。東京都内でJR東日本の乗客がすし詰めになった電車で通勤し、窓外の〝コンクリートジャングル〟さえもあまりのぞけない日々を送ってきた私は「何とぜいたくな!」とうらやましがった。
日本流の安全確認方法を採用した理由は…
私のようにGOトランジットの鉄道で通勤するのをうらやむ日本の鉄道利用者がいる一方で、GOトランジットの運行関係者が「世界で最も安全な交通網の一つだと考えられている」として客室乗務員の安全確認方法の手本にしたのは日本だった。
メトロリンクスによると、GOトランジットの鉄道は新型コロナウイルス禍の2021年に日本の鉄道会社で普及している「指さし確認」を導入した。一例として列車が駅を出発する際、駆け込み乗車がないことなどを車掌が見届けた上で、「乗降よし!」などと声に出しながら指をさして安全を確認する行為だ。
日本では20世紀前半に蒸気機関車(SL)の機関士が声に出して信号を確認し始めたのがきっかけとなり、広がったとされる。科学的な効果も実証されており、鉄道総合技術研究所(鉄道総研、東京都国分寺市)の実験では指さし確認をした場合に間違えた判断をするエラー率は0・38%と、何もしない場合(2.38%)の6分の1弱に抑えられた。
GOトランジットでは鉄道運行に携わる関係者が日本の指さし確認に興味を持ち、休暇で訪日した際に東京と京都、大阪で目の当たりにしたことが採用につながったという。それ以来、客室乗務員が駅のプラットホームで客車に向かって立ち、「左よし」と声に出して左側を指さし、「右よし」と言いながら右側に指を向けてから扉を閉める様子が見られる。
客室乗務員からは、指さし確認をするようになったことで「より鋭敏に、より的確に行動できるようになった」と受け止める声も出ている。
カナダで日本流の安全確認方法が実践されている様子を確認するため、GOトランジットの列車に乗ってみるのも良さそうだ。ただし、客室乗務員の指さし確認の様子に見とれてしまい「お乗り遅れがないようにご注意ください」!
共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
「カナダ “乗り鉄” の旅」
大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社経済部次長・「VIAクラブ日本支部」会員
1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年9月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。
優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載『鉄道なにコレ!?』と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」や、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も連載中。
共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。