ブリティッシュ・コロンビア(BC)州中央南部のウエストクートニー地区に、8カ所のカナダ政府が補助する強制収容所が設置された。ニューデンバー、ローズベリーは、スローカン湖沿いの東側に位置し、サンドンは山間部に、カスローはその東にあるクートニー湖の西湖岸に位置した。
これらの町は20世紀初頭の鉱山ブームで一時栄えたが、鉱業の衰退とともにゴーストタウン化した。
カナダ政府による日系カナダ人強制収容が始まると、この地域の既存のインフラが利用され、収容地として設置された。
ニューデンバー
ニューデンバーには1942年に日系カナダ人が到着し、最大で約1,505人が収容された。これは州内で3番目に大きな収容地(1942年)であり、後に結核療養所が設立されるなど医療と福祉の拠点となった。
第2次世界大戦が終結すると他の収容地は閉鎖されたが、ニューデンバーだけは日系カナダ人コミュニティが存続し、現在では日系人強制収容所記念センター(NIMC)がその歴史を伝えている。
ローズベリー
ニューデンバーの北約4キロに位置するローズベリーには、約365人が収容されていた。ニューデンバーの郊外キャンプと呼ばれ、住居は電気がなく、断熱材も不十分で特に冬季には非常に過酷な環境だった。
現在は、当時の収容地跡地が歴史的遺産として保存されている。
サンドン
かつて鉱業の中心地だったサンドンは、1942年に収容地として利用され、約953人が収容された。仏教徒が多く送られた。
しかし特に山奥の孤立した環境で日の当たる時間が極端に短いなど冬季の環境が非常に厳しく、日系人は早くにニューデンバーに移動となり、最初に閉鎖された収容地となった。
カスロー
カスローはクートニー湖の西岸に位置する。衰退していた町に約1,200人が収容された。日系人たちは老朽化した建物を改修し、日本式風呂を設置するなど、住環境の改善に取り組んだ。
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