増え続ける日本人薬剤師
テレビ番組のような仰々しいタイトルをつけてしまいましたが、今回から複数回に渡り、私以外の日本人薬剤師の皆さんを紹介しようと思います。それというのも、カナダで16年間この仕事をしている間に、日本語を話す日本人薬剤師の数は徐々に増え、それほど珍しい存在ではなくなってきました。また、新型コロナウイルスの収束以降、カナダの薬剤師を目指したいと連絡を下さる方も増えてきています。これはなんとも明るい話ではありませんか。
薬剤師とは、一般的には薬のスペシャリストという普遍的な職業に思えますが、その役割や働き方は国や文化によって大きく異なります。日本では主に調剤や患者への服薬指導が中心とされていますが、カナダでは薬剤師の職能はより幅広く、地域のヘルスケアにおいて欠かせない存在です。例えば、カナダでは、薬剤師が特定の薬を処方したり、予防接種を行うことが認められており、日本とは異なる責任と権限が与えられています。
こうした環境の中で活躍する日本人薬剤師の皆さんは、かつての私がそうであったように、文化や医療制度の違い、そして言語の壁を乗り越えながら、自らの力で道を切り開いてきました。こうした挑戦には大きな意義があり、現地で信頼される薬剤師となるまでの過程は、まさにチャレンジの連続だったと言えます。
そんな日本人薬剤師の皆さんの経験や奮闘記、そして未来への展望を紹介していきます。今回は、学生時代から海外研修を体験し、ワーキングホリデーをきっかけにカナダへ渡り、薬剤師となった宮崎県出身の新地エリカさん(以下、エリカさん)をご紹介します。エリカさんのストーリーを通して、カナダでの薬剤師という仕事の魅力と、日本人薬剤師としての活躍の可能性を探っていきたいと思います。
海外への挑戦と薬剤師としてのキャリア形成
ウエストバンクーバーからフェリーで40分のところに、私が住むギブソンズがありますが、そこからさらに車で約30分走ったところにシーシェルト(Sechelt)という町があります。
このシーシェルトのショッパーズドラッグマートに勤務する新地エリカさんの薬剤師としてのキャリアは、高校時代に両親の勧めで薬剤師を目指したことから始まりました。自称「安定志向」の性格と医療関係者の親類の影響を受け、薬学の道を進む決意を固めました。日本で6年制薬学教育が始まって間もない時期に大学に進学し、もともと病院薬剤師を志していましたが、在学中に薬局薬剤師の楽しさに気づき、卒業後は薬局薬剤師としての道を選びました。
カナダの薬局でのカルチャーショック
エリカさんが薬剤師免許取得前に実習を行ったショッパーズドラッグマートでは、一般的なカナダ流のカスタマーサービスだけでなく、薬剤師による予防接種やハームリダクションの概念に触れ、大きなカルチャーショックを受けたといいます。ハームリダクションとは、薬物依存や感染症のリスクを軽減するための実践的なアプローチであり、その一環として薬局では清潔な注射針を販売することがよくあります。この取り組みは、患者の健康を守りながら社会全体のリスクを減らす重要な役割を果たしておりますが、日本の大学教育ではそこまで習いませんから、エリカさんはこの実習を通してハームリダクションの意義を深く理解するようになりました。また、カナダでは、薬剤師が経口避妊薬の処方を行うことができ、患者のニーズに応じた柔軟なサービスが提供されていますが、日本から来た薬剤師がまず面食らうのは、経口避妊薬の種類の多さです。患者さんの健康状態やライフスタイルに応じてホルモン量や成分の異なる経口避妊薬や子宮内装具などを提示するのも薬剤師の仕事とはいえ、この領域をマスターするのは大変苦労したそうです。
現場での工夫と課題
エリカさんは、2024年1月から薬局のマネージャーを務めているだけでなく、今年2月からフランチャイズオーナーへの昇進が決まっており、ショッパーズドラッグマートの「クリニカルサービスに重点を置く」というフィロソフィーを基盤に、薬剤師としての専門性とビジネスとしての運営のバランスを模索しています。例えば、トラベルコンサルテーションや予約ベースの予防接種などのワークフローを導入し、効率的なサービス提供の実現に挑戦しています。最近では、ファーストネーション向けに、薬剤師による処方サービス(MACS:Minor Ailment Consultation Service)のプロモーションに意欲を示しています。ときには、ドクターとの連携や人件費で頭を悩ますことも多いそうですが、それでも持ち前の明るいポジティブ思考を武器に前に進もうとしています。
地域貢献と未来への展望
「薬剤師として、様々な形でコミュニティをサポートしたい」というエリカさんの思いは、責任感と地域医療への貢献意欲の現れです。デジタル化が進む中で、薬剤師としての専門知識を活かしながら、地域の健康を守る取り組みに情熱を注いでいます。将来的には、処方せん調剤以外の仕事、すなわちメディケーションレビューや薬剤師による処方などのクリニカルサービスを中心とした仕事へのシフトを目標としています。
エリカさんは休日、旦那さんと一緒にピックルボールやアウトドアアクティビティを楽しんでいるそうです。自然豊かなシーシェルトならではの過ごし方ですね。
さいごに
エリカさんのキャリア形成には、安定志向を持ちながらも冒険心と柔軟な視点が備わっていることが、インタビューを通してひしひしと感じられました。また、若い日本人女性薬剤師のカナダでの挑戦の歩みは、多くの人々に勇気を与えるに違いありません。さらに、エリカさんのように、日本人ならではの感覚を持ちつつ日本語でサービスを提供できる薬剤師が増えることは、日系コミュニティにとって非常に心強いことです。
シーシェルト近辺にお住まいの方や、旅行でシーシェルトを訪れる方でお薬が必要な方は、ぜひ一度エリカさんに声をかけてみてください。親切で丁寧な対応を通じて、きっと皆さまの健康をサポートしてくれるはずです。
*薬や薬局に関する一般的な質問・疑問等があれば、いつでも編集部にご連絡ください。編集部連絡先: contact@japancanadatoday.ca
佐藤厚(さとう・あつし)
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。 2008年よりLondon Drugsで薬局薬剤師。国際渡航医学会の医療職認定を取得し、トラベルクリニック担当。 糖尿病指導士。禁煙指導士。現在、UBCのFlex PharmDプログラムの学生として、学位取得に励む日々を送っている。 趣味はテニスとスキー(腰痛と要相談)
全ての「また お薬の時間ですよ」はこちらからご覧いただけます。前身の「お薬の時間ですよ」はこちらから。