「伝統を蘇らせ、未来へ繋ぐ」ハイダ族アーティスト、クリスチャン・ホワイトさん回顧展

クリスチャン・ホワイトさんの作品「Reprica Bentwood Box」(右)。2025年1月31日、バンクーバー市ビル・リード美術館。Photo by Japan Canada Today
クリスチャン・ホワイトさんの作品「Reprica Bentwood Box」(右)。2025年1月31日、バンクーバー市ビル・リード美術館。Photo by Japan Canada Today

 モニュメント彫刻、緻密なアージライト(粘土質岩)彫刻、ジュエリーなど多彩な作品で知られる先住民ハイダ族のマスター・アーティスト、クリスチャン・ホワイトさん。その50年の軌跡をたどる回顧展「Kihl ‘Yahda Christian White: Master Haida Artist」が、現在バンクーバー市ダウンタウンにあるビル・リード美術館で開催されている。

 ハイダ族はブリティッシュ・コロンビア(BC)州北西部にあるハイダ・グァイ(旧クイーン・シャーロット島)周辺に居住する先住民族。独自の言語を持ち、優れた工芸品や航海術などで知られている。

 ホワイトさんの作品の多くはハイダ族の伝統的なストーリーから生まれたもの。「私の作品には祖先の精神が宿っている。彼らが作ったものにインスパイアされている」と話す。

 その一端が垣間見える作品が「Reprica Bentwood Box」だ。これはハイダの伝統的な文様を施した木の箱。美しく彩られた箱はハイダの人々の生活になくてはならないもので、食料を保存したり、衣装を入れたり、カヌーに積み込んだり、まさに「生まれてから埋葬されるまで(使う)」と言われてきた。

 その隣には似たような文様を持つ古い箱の一部が展示されている。ホワイトさんの「Reprica Bentwood Box」は、この二つの面しか残されていない箱からインスピレーションを受けたものだという。

 「これを基に新しい図柄を作成しました。元の文様は完全に左右対称ではなかったので、片側をトレースし、それを反転させたのです」とホワイトさん。

 作品の背景には先住民ハイダ族の辛い過去がある。この古い箱は、宣教師たちの眼を避け、壊れた家屋の壁の後ろに隠されていたものだった。同展のゲスト・キュレーターで自身もハイダ族のルーシー・ベルさんは「私たちの祖先はポトラッチ(祭りの儀式)を禁止され、いろいろなものを隠さなければならなかったのです」と語る。

壁に隠されていた古い箱。2025年1月31日、バンクーバー市ビル・リード美術館。Photo by Japan Canada Today
壁に隠されていた古い箱。2025年1月31日、バンクーバー市ビル・リード美術館。Photo by Japan Canada Today

 苦難の歴史を経て、ホワイトさんは長年ハイダ文化の興隆に力を入れてきた。

 彼のアートも、その独自の文化の中に息づいている。会場でひときわ目を引く天井から吊り下げられた巨大なレイバン(ワタリガラス)のマスクは、2022年のポットラッチに登場したものだ。

 「大勢の人々の前にこのマスクが現れた瞬間…それはパワフル・モーメントでしたね。私も自分のドラムを激しく叩いていました」

 レッドシダーを使ったマスクは長さ約8フィート(約2メートル43センチ)にも及ぶ。

巨大なレイバンのマスク、くちばしの部分は開閉する。2025年1月31日、バンクーバー市ビル・リード美術館。Photo by Japan Canada Today
巨大なレイバンのマスク、くちばしの部分は開閉する。2025年1月31日、バンクーバー市ビル・リード美術館。Photo by Japan Canada Today

 「Raven Transformation」も見る者を圧倒する大型のマスクだ。大きく広がった羽根の裏側は黒く塗られており、閉じたときにはレイバンになるが、開くと擬人化された月に変身する。オックスフォード大学の博物館に所蔵されているハイダ・アーティストのチャールズ・イーデンショーの作品に影響を受けたものだという。

レイバンから月へと変身する「Raven Transformation」。2025年1月31日、バンクーバー市ビル・リード美術館。Photo by Japan Canada Today
レイバンから月へと変身する「Raven Transformation」。2025年1月31日、バンクーバー市ビル・リード美術館。Photo by Japan Canada Today

 作品の他には再現されたホワイトさんの「作業机」も展示されている。机の前には家族の写真と共に釣りのための海図や潮見表が貼られ、ハイダ族の暮らしと自然との繋がりを彷彿とさせる。

主にアージライトの彫刻を作っているというホワイトさんの自宅の作業机。2025年1月31日、バンクーバー市ビル・リード美術館。Photo by Japan Canada Today
主にアージライトの彫刻を作っているというホワイトさんの自宅の作業机。2025年1月31日、バンクーバー市ビル・リード美術館。Photo by Japan Canada Today

 同展の開催にあたりホワイトさんには「自分だけの展覧会にはしたくない」という意向があったとベルさんは話す。それを受けて、展示は父の故モーリス・ホワイトさんやホワイトさんが指導する次世代のアーティストなどにも焦点を当てている。

 ホワイトさんは父のモーリスさんの影響で14歳から彫刻を始めた。同展ではモーリスさんの手によるアクセサリーも展示されている。ペンダントはホワイトさんがアンティークショップで見かけて買い戻したものだという。また後進の育成にも力を入れ、多くの作品で弟子が制作に関わっている。

父モーリス・ホワイトさんによるイーグルのペンダント(右)。2025年1月31日、バンクーバー市ビル・リード美術館。Photo by Japan Canada Today
父モーリス・ホワイトさんによるイーグルのペンダント(右)。2025年1月31日、バンクーバー市ビル・リード美術館。Photo by Japan Canada Today
弟子のダニエル・ルイーズ・アラードさん(右)が着色を手掛けた「Ts’aan Xuujii (Sea Grizzly)」。2025年1月31日、バンクーバー市ビル・リード美術館。Photo by Japan Canada Today
弟子のダニエル・ルイーズ・アラードさん(右)が着色を手掛けた「Ts’aan Xuujii (Sea Grizzly)」。2025年1月31日、バンクーバー市ビル・リード美術館。Photo by Japan Canada Today

 一方で、ハイダでは「新しい文化」も生まれている。会場の中ほどに置かれたレイバンやサンダーバードをあしらった鮮やかな黒と赤のローブ。これはホワイトさんの姪のハイスクール卒業を記念して、ホワイトさんが図柄をデザインし、彼の姉妹が作ったものだ。

 「高校卒業にローブを贈り、小さなポトラッチを開催するのが、ここ数十年のハイダの伝統になっています。これは他のコミュニティにも広まっているんですよ」

 過去に新たな命を吹き込み次世代へと繋げていくホワイトさんとハイダの人たち。そのエネルギーとハイダ族の今を感じられる同展は来年2月1日まで開催されている。

Kihl ‘Yahda Christian White: Master Haida Artist

期間:2025年2月1日〜2026年2月1日
時間:冬期間(10月~5月)火曜から土曜 10時~5時
会場:Bill Reid Gallery of Northwest Coast Art(639 Hornby St, Vancouver)
入場料など詳細はウェブサイトを参照:https://www.billreidgallery.ca/

高校を卒業したハイダの若者に贈る手作りのローブを説明するホワイトさん。2025年1月31日、バンクーバー市ビル・リード美術館。Photo by Japan Canada Today
高校を卒業したハイダの若者に贈る手作りのローブを説明するホワイトさん。2025年1月31日、バンクーバー市ビル・リード美術館。Photo by Japan Canada Today

(取材 宗圓由佳)

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