大塚圭一郎
「お弁当やお茶はいかがですかー」などと乗務員が乗客に声を掛け、商品を収納したワゴンを押して列車内で売り歩く―。そんな巡回式の車内ワゴン販売が日本の鉄道から相次いで消えている。東海道新幹線(東京―新大阪間)で2023年10月末をもって全て終了し、山陽新幹線<新大阪―博多(福岡市)間>でも24年3月末で全廃された。それだけに、カナダ最大都市のトロントから首都オタワまでのVIA鉄道カナダの列車で車内販売が回ってくると反射的に注文したが、日本とは「一風違う」点があった…。
【車内ワゴン販売】乗務員が商品を収納したワゴンを押して、列車内で販売するサービス。近年相次いで廃止されたものの、JR東日本の東北・上越・北陸・秋田・山形新幹線と中央線の特急「あずさ」、特急「ひたち」のそれぞれ一部列車などに残っている。
日本ではもともと商品を入れた箱や、かごを持って車内を売り歩くスタイルだった。日本の旧鉄道省の1935(昭和10)年度の年報によると、JRグループの前身となる国有鉄道で「旅客サービス改善の一助として」34年12月1日から食堂車を連結していない列車の一部区間で弁当やお茶の試験販売を始めた。弁当やお茶を求める利用者の需要が多かったものの、途中駅の停車時間が短いため販売員が乗り込んで売り歩いたところ「実施後の成績良好のみならず一般旅客に好評を得た」とし、35年に「列車内乗込販売手続き」が定められて同年11月1日に施行された。
第2次世界大戦後の1958年には、当時の日本国有鉄道(国鉄)は食堂車を連結していない列車で弁当とお茶、雑貨を売り歩く車内販売を開始。ワゴンを押しての販売が導入され、最初の東京オリンピックが開かれた64年の東海道新幹線の開業時にも車内ワゴン販売が採り入れられた。
同じ時刻の列車で別の列
カナダ最大の都市の玄関口らしく、トロント・ユニオン駅は石造りの風格あふれる駅舎だ。足を踏み入れると上まで吹き抜けになっており、開放感を味わえる。その一角には昔ながらの有人切符売り場があり、その上にVIA鉄道の発車案内を記した電光掲示板がある。
![トロント・ユニオン駅のVIA鉄道カナダの発車予定を知らせる電光掲示板(大塚圭一郎撮影)](https://www.japancanadatoday.ca/wp-content/uploads/2025/02/6_Noritetsu_2025-2.jpg)
「列車番号50番 オタワ行き」と記されており、その脇には旅行時の発車時刻を「定刻 午前6時47分発(現在は午前6時32分発)」と表示していた。スケジュール通りであることに胸をなで下ろし、乗り場に向かう下りのスロープを進んだ。
すると、列車番号50番のオタワ行きと記された立て札があり、乗車を待つ長い列ができていた。さすがはVIA鉄道の旅客収入の約8割を稼ぎ出している主力区間の「ケベックシティー―ウィンザー回廊」に含まれる区間だけあって盛況だ。
VIA鉄道によると、トロント―オタワ間は平均4時間26分かかり、エア・カナダなどの旅客機の平均1時間3分の4倍に達する。しかし、空港は郊外にある上、搭乗前の保安検査などがあるためカナダ連邦政府は国内線利用者に1時間半前までに到着するように呼びかけている。
そうした時間も考慮に入れると、鉄道が航空機より断然遅いとは言えない。二酸化炭素(CO2)排出量も低減でき、普通車に相当するエコノミークラスの割引運賃で54カナダドル(1カナダドル=105円で5670円)というディールは決して悪くないと思った。
近くの一角には、同じように首を長くして乗車案内を待つ別の列ができている。そちらは午前6時47分(現在は午前6時32分)の「列車番号60番 モントリオール行き」の利用者だ。
オタワ、モントリオールともにトロントの東にあり、同じ方向の列車がなぜ同じ出発時刻なのか。それは両方の列車が連結してトロントを出発し、途中で切り離してそれぞれの目的地に向かうからだ。
もしも同じ列に並ばせると、利用者が間違った行き先の列車に乗ってしまうリスクがある。そこで、あらかじめ異なる列にすることで区分けし、ご乗車ならぬ「誤乗車」を防いでいるのだ。
自慢の新型車両がお待ちかねと思いきや…
![VIA鉄道カナダの新型車両の外観(VIA鉄道提供)](https://www.japancanadatoday.ca/wp-content/uploads/2025/02/7_Noritetsu_2025-2.jpg)
係員の「進んでください」という指示とともに、列の先頭が上りエスカレーターに乗り込んだ。VIA鉄道はケベックシティー―ウィンザー回廊でドイツの鉄道車両大手、シーメンスが造る新型車両の導入を進めており、ホームページでは自慢の車内を「人間工学に基づいて設計された座席により、リラックスした乗車が実現します。体を伸ばせるゆったりした空間で景色をお楽しみください!」とアピールする。
![VIA鉄道カナダの新型車両の車内(VIA鉄道提供)](https://www.japancanadatoday.ca/wp-content/uploads/2025/02/8_Noritetsu_2025-2.jpg)
そんな紹介文を読んでいた私は、エスカレーターで上がった先のプラットホームにはピカピカの新型車両が待ち受けているのではないかと予想した。
ところが、ホームに上がった時に視界に入ったのは、ディーゼル機関車に連結された薄汚れたステンレス製の旧型客車だった。アメリカの金属加工メーカーの旧バッドなどが製造し、1946年の登場から「傘寿」(80歳)を迎えようとしている古参車両だ。
![トロント・ユニオン駅でのVIA鉄道カナダの旧型客車(大塚圭一郎撮影)](https://www.japancanadatoday.ca/wp-content/uploads/2025/02/2_Noritetsu_2025-2.jpg)
車内に入って予約した座席に行くと、クロスシート同士の足元の前後間隔は狭く「体を伸ばせるゆったりした空間」とはほど遠い。座席のビニール製の表皮もくたびれており、新型車両にかなわないのは火を見るより明らかだ。
![VIA鉄道カナダの旧型客車の座席(大塚圭一郎撮影)](https://www.japancanadatoday.ca/wp-content/uploads/2025/02/3_Noritetsu_2025-2.jpg)
だが、新型車両への置き換えで引退し、廃車になってしまうのは時間の問題だ。「乗るなら今でしょ」と気持ちを前向きに切り替え、座席に腰かけた。
列車は定刻通り発車したものの、オンタリオ州の公共交通機関「GOトランジット」の通勤列車(本連載第18回参照)が次々と行き来する時間帯だけに低速運転が続いた。
その後スピードを上げると縦揺れがすさまじく、まるでトランポリンの上ではねているかのようだ。うとうとして眠りに落ちることも許されない移動空間でどのように過ごそうかと思案していると、私が心待ちにしていたサービスが出現した。
“応援買い”ともう1つの動機で飛びつく
![VIA鉄道カナダで車内販売に使うワゴン(大塚圭一郎撮影)](https://www.japancanadatoday.ca/wp-content/uploads/2025/02/4_Noritetsu_2025-2.jpg)
車内販売のためにカートを押した客室乗務員が隣の客車から移ってきたのだ。以前、奮発してJRのグリーン車に相当するビジネスクラスに乗った際には食事と飲み物が出てきたが、今回はエコノミークラスなので別料金なのは間違いない。
それでも、私には車内ワゴン販売に飛びつきたいという購買意欲があふれていた。動機が2つあった。JRで車内ワゴン販売を廃止する列車が相次ぎ、東海道新幹線で名物の「シンカンセンスゴイカタイアイス」を車内で買えるのも一部列車のグリーン車のモバイルオーダーサービスだけとなってしまった。そこで1つ目の動機はVIA鉄道で残っているのは喜ばしく、“応援買い”をしたくなったのだ。
もう1つの動機は、トロント・ユニオン駅の地下街にある物販店は閉まったままで朝食とホットコーヒーを購入できなかったためだ。JRで車内ワゴン販売の廃止が続出している背景には「駅ナカ」と呼ばれる駅構内商業施設を拡充し、弁当を買ってから乗車する利用客が増えたことや、「人手不足によって販売員の採用が難しくなった」(JR大手幹部)ことが影響している。ところが、トロント・ユニオン駅では少なくとも競合する物販店が閉まっており、自動販売機が充実している日本とは異なるためアンメットニーズ(満たされていない顧客の潜在的な欲求)があるのだ。
価格は日本のエキナカならば…
ワゴンを押して回ってきた男性客室乗務員に、クロワッサンにハムを挟んだサンドウィッチと、ホットコーヒーを注文した。商品を折りたたみ式のテーブルの上に置いたので、支払いのためクレジットカードを渡そうとすると「それは後で」という。
![VIA鉄道カナダの車内販売で買ったハムのサンドウィッチとホットコーヒー(大塚圭一郎撮影)](https://www.japancanadatoday.ca/wp-content/uploads/2025/02/5_Noritetsu_2025-2.jpg)
「一風違う」販売方法に首をかしげ、そのまま待っていると別の男性客室乗務員がやって来て注文内容を確認した。「ハムのサンドウィッチとホットコーヒーを注文しました」と話すと、乗務員は「そこにあるのはターキーサンドウィッチだね。間違っているので交換してくる」と言って代わりにハムのサンドウィッチを持ってきた。
つまり2人の乗務員で役割分担ができており、1人は商品の手渡し、もう1人は注文内容の確認および決済をそれぞれ担当しているのだ。この方式ならば商品や会計の間違いを防ぐ効果があり、不正会計防止の狙いもありそうだ。
私はアメリカのクレジットカードで支払ったところ、価格は11・09アメリカドル(1ドル=155円で約1720円)だった。実に高い!
JR東日本の横浜駅ならば「ベックスコーヒーショップ」でソフトフランスパンにソーセージとポテトサラダを挟んだ「ソーセージ&ポテト」にホットコーヒーが付くモーニングセット「ソーセージ&ポテトセット」(530円)で朝食を済ませた上で、昼食のために崎陽軒の「シウマイ弁当」(1070円)と550ミリリットル入りのペットボトル入りミネラルウオーター「フロムアクア 谷川連峰の天然水」(120円)まで買えてしまう金額だ。
つまりVIA鉄道の車内ワゴン販売の1食分の金額で、日本のエキナカならばより充実した食事を2食分賄えてしまう計算だ。
もっとも、為替の円安ドル高傾向による輸入品価格の上昇などが響き、日本でも値上げラッシュの様相を呈している。総務省によると、2024年12月の生鮮食品を除くコア消費者物価指数(CPI)は前年同月より3・0%上がった。
それでも新型コロナウイルス禍によるサプライチェーン(供給網)の制約に直面し、2022年6月にCPIの前年同月比上昇率が8・1%とピークを付けたカナダに比べれば物価上昇のペースは緩やかに推移している。
日本政府は「わが国はデフレ(持続的な物価下落)から脱却していない」という認識を今も変えていない。個人的には違和感を抱いているものの、海外の物価水準と比べると「デフレ状態」のように受け止める向きがあることには一定の理解もできよう。
![](https://www.japancanadatoday.ca/wp-content/uploads/2023/05/1_Canada-Noritetsu-300x200.jpg)
共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
「カナダ “乗り鉄” の旅」
![](https://www.japancanadatoday.ca/wp-content/uploads/2023/07/Keiichiro-Otsuka_2023-6-225x300.jpg)
大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社経済部次長・「VIAクラブ日本支部」会員
1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年9月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。
優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載『鉄道なにコレ!?』と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」や、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も連載中。
共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。