ある日系人兄弟の人生を通して探求する、別離、記憶、追放、そして夢。日系アーティストのシンディ望月さんと地元アーティストとのコラボレーションによるマルチメディア・パフォーマンス「13’2” Between Us」が、3月1日と2日にバンクーバー仏教会で行われる。

パウエル・ストリート・フェスティバル協会主催の同作品について、シンディさんに話を聞いた。
引き裂かれた日系人兄弟の物語
シンディさんはこれまで、日系カナダ人の歴史をテーマとした数々の作品を発表してきた。今回の「13’2” Between Us」で取り上げているのは、シンディさんの父方の祖父、望月多次郎(たじろう)さんと弟の望月倭夫(しずお)さんだ。
「望月倭夫は棒高跳びの選手でした。13フィート2インチというのは、1932年のロサンゼルス夏季オリンピックで5位となった、彼が残した記録なんです」
兄の多次郎さんは1925年にカナダに渡ったが、第二次世界大戦中に強制収容され、ブリティッシュ・コロンビア州のサンドンやポポフなどを転々とした。一方の倭夫さんはアメリカ・ロサンゼルスの大学に進んだが、開戦前に軍隊入りするために帰国した。日本では軍の通訳を務めたという。そんな兄弟の間の「距離」を「13’2” Between Us」は描き出す。
ラジオ、ダンス、アニメーション、兄弟の生きた世界が蘇る
「13’2” Between Us」について、シンディさんは「ラジオ音声、コンテンポラリー・ダンス、アニメーション、4Dサウンドを組み合わせた、40分間のマルチメディア・エクスペリエンス」と説明してくれた。第二次世界大戦、そして広大な太平洋に隔てられた兄弟の関係が、手紙、詩などさまざまな形で、実在とフィクションを交えて紡がれる。
観客は40人と限られた人数となっている。見ている人は、再現された歴史的空間、夢、そして第二次世界大戦の転換期においてアイデンティティを喪失し、周囲に誤解されてきた人々の人生に入り込み、それを文字通り体験するのだ。
「13’2” Between Us」には、望月兄弟とは別の日系人も登場する。1人は坂西志保で、アメリカ議会図書館の翻訳者、司書を務め、評論家でもあった。もう1人は、東京ローズことアイバ・戸栗・ダキノ。東京ローズとは、日本政府の英語によるプロパガンダ・ラジオ放送の女性アナウンサーにつけられたニックネームで、アイバはその1人だった。2人はともに「敵国人」「スパイ」として非難されたという。
「第二次世界大戦の影響で追放された、(望月兄弟と)同様の歴史を持つ人々を取り上げたいと思いました」とシンディさん。彼女たちは同作の主要人物ではないものの、その音声が作品の一部として登場する。
写真から生まれたアイディア
「13’2” Between Us」が生まれたきかっけは、1枚の写真だったそうだ。
「それは、若い頃の望月倭夫を写した写真で、裏には多次郎への手紙がつづられていました。もしかしたら、倭夫がまだ日本にいた頃、すでにカナダに移民していた多次郎に書いたものかもしれないと思いました」
シンディさんは実際に2人に会ったことはないという。「祖父の多次郎は私が生まれる前に亡くなり、倭夫についてはその存在も知りませんでした」。2002年に日本に住む大叔母に倭夫について話を聞いた。大叔母によると、多次郎と倭夫は2人でカナダに移住しようとしたが、倭夫はかなわず、多次郎だけがカナダに来たという。
「私は、2人の兄弟とその間に横たわる距離、2人の物語を、アートのかたちで創造したいと思ったんです。ただ、実現するのに今に至るまでの時間がかかりました」。
シンディさんの作品は綿密な歴史研究に基づいている。「インタビュー、アーカイブ写真、記事などを利用しますが、対象となる人々が存命していない場合は難しい」とシンディさん。「13’2” Between Us」で使われた倭夫さんが跳躍する映像の入手も困難を極めた。知り合いに頼んだものの、新型コロナウイルス禍で連絡が途切れてしまったり、偶然ネットで販売されているのを見つけたのに購入期限に間に合わなかったりと、紆余曲折を経て手元に届いたという。
また、「13’2” Between Us」の制作には多くのアーティストが関わっている。「なかには何年もの間、一緒にやってきた人々もいます。その情熱と献身には、心から感謝しています」
過去を掘り起こし、未来へと繋ぐ
シンディさん自身は日系四世。三世の父(故人)と日本で生まれ育った母との間に生まれた。「こうした生い立ちのおかげで、私は環太平洋的な視点を持つことができ、また日本とカナダを結ぶ複雑なストーリーに携わることができたと思っています」
これまで映画、アニメーション、インスタレーション、舞台デザインなど、さまざまな種類のアートを制作してきたシンディさんだが、その活動の大部分は、日系カナダ人の体験、そして「見えない歴史」を蘇らせることに重点を置いてきた。
過去に光を当てる一方で、シンディさんの視線は未来にも注がれている。「私たちは今、再び困難な時代に生きていると思います。これらの物語を通して、過去から学ぶことができれば、そして、忘れられていくもののなかに、希望や確固たるものを見出せればと思っています」
「13’2” Between Us」
期間:2025年3月1日(土)、2日(日) 午後7時(開場午後6時45分)
会場:バンクーバー仏教会(220 Jackson Ave, Vancouver)、当日はバンクーバー仏教会の正面入り口が閉鎖されているため、ボランティアが付近で案内する。車椅子での入場などの問い合わせは、access@powellstreetfestival.com
料金:15ドルから50ドル(スライディング・スケール制)
詳細はウェブサイトを参照:https://powellstreetfestival.com/123-between-us/

(取材 宗圓由佳)
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