日本語教師 矢野修三
いきなりですが、「雨あしが強くなる」の「雨あし」を漢字で書くと、「雨足」か「雨脚」か・・・。いろいろな人に聞いたところ、ほとんど「雨足」。理由は、「脚」は書くのが難しいから。確かに、常用漢字になったのも比較的新しく、「足」に比べて馴染みの薄い漢字である。
でも語源を調べてみると、中国から「雨脚」として、ナント平安時代ごろに入ってきたとのこと。でも、当時は「雨の脚」と書いたようで、源氏物語にも出てくる。なるほど。
そして、江戸から明治・昭和にかけて、いろいろ変化し、表記も「雨の脚」から「雨脚」、読みは「あめあし」。さらに、「雨足」も登場し、読み方も「あまあし」に・・・。近代の文学作品などには「雨脚」のほうが多い感じだが、「雨足」もちゃんと使われている。
このように歴史のある言葉であり、どちらが正しいか、など決める必要はなく、個人の勝手で問題なし。でも、最近は何となく「雨脚」のほうが詩的で、文学的センスありと思われるかも。
実は、40歳過ぎに日本語教師になった昭和62年(1987年)ごろはこの「脚」はほとんど教えておらず、移住して、バンクーバーで「足を組む」を教えたとき、すごく困った思い出がある。
この「足」と「脚」の違いだが一応辞書には、「足」は足首から先の部分で、「脚」は太ももの付け根から下の部分とされている。でも、訓読みはどちらも「あし」であり、違いなどもかなり曖昧で、日本語では、一般的に、人体には「脚」は使わず、ほとんど「足」を使っている。
しかし、英語ではちゃんと「foot」と「leg」をはっきり区別。そこで英語では「足を組む」は「cross my legs」であり、「feet」などは全く考えられず、生徒から「脚を組む」のほうが分かりやすいですと、日本語の曖昧さを指摘されたようで、戸惑ってしまった。うーん、その通り。
確かに、日本語は「足が大きい」や「足が太い」「足が長い」などで、足のどこの部分なのか、何となく分かってしまう。実用的だが、生徒にとっては誠にややこしい。特に、海外で教える日本語教師は要注意である。
先日、ワイングラスの数え方「1脚・2脚」から、こんな質問を受けて、びっくり。なぜ、「美脚」と「脚本」と同じ「脚」の漢字を使いますか・・・。こんなこと日本人は考えたこともなく、困ったが、美脚に惑わされず、じっくり考えて・・・、「脚」は人間の体を支える大事な役目をしており、「脚本」も映画や舞台などの土台となるもので、どちらも物事を支える大事な役割を表わす漢字だから、と何とか説明づけた。
ところで、この「美脚」だが、最近はSNSなどでよく目につくようになり、生徒も質問したくなったとのこと。でも、なぜ「美足」じゃなくて「美脚」なのか・・・。理由は分らないが、確かに、音読みの場合は、「美足」(びそく)では発音も、見た目にもあまりピンと来ず、「美脚」(びきゃく)のほうが、何となく上品で、おしゃれな感じが。「感じ」も「漢字」も時代とともに、変わりゆくものなり。
ミニスカートが流行し始めた昭和42年(1967年)、ツイッギーちゃんの「足」がきれいだった。でも、近ごろでは「輝く美脚」などのほうがいい感じかも。
今年2025年は昭和100年。「昭和」はますます遠くなりにけりだが、まだまだ「足腰」を鍛えて頑張らねば。でも、最近の漢字は「脚腰」のほうが感じいいかも。
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「ことばの交差点」
日本語を楽しく深掘りする矢野修三さんのコラム。日常の何気ない言葉遣いをカナダから考察。日本語を学ぶ外国人の視点に日本語教師として感心しながら日本語を共に学びます。第1回からのコラムはこちら。
矢野修三(やの・しゅうぞう)
1994年 バンクーバーに家族で移住(50歳)
YANO Academy(日本語学校)開校
2020年 教室を閉じる(26年間)
現在はオンライン講座を開講中(日本からも可)
・日本語教師養成講座(卒業生2900名)
・外から見る日本語講座(目からうろこの日本語)
メール:yano@yanoacademy.ca
ホームページ:https://yanoacademy.ca