インビクタスゲームでのボランティア

 みなさん、こんにちは。前回はじまった日本人薬剤師紹介シリーズをいきなり中断しますが、つい先日までバンクーバーに大きな賑わいをもたらした「Invictus Games(インビクタスゲーム)」でのボランティアの経験についてお話ししたいと思います。

 インビクタスとは、不屈の精神という意味で、負傷や病気、退役を経験した軍人を対象とした国際的なスポーツ大会です。自身も軍隊の経験のある英国プリンスハリーが、戦地で身体的、精神的な傷を負った人に、希望を与える機会として2014年に創設されました。第7回となったバンクーバー大会では、世界23か国から約550人のアスリートが参加しました。

 そして、なぜ私がそこでボランティアすることになったかというと、私が勤務するロンドンドラッグスが今回のインビクタスゲームのオフィシャルスポンサーを務め、ボランティアを探していたのがきっかけです。私は、日頃から渡航者の健康管理に携わっていますから、今も戦争の続くウクライナをはじめとし、世界各地から人が集まるイベントは、またとない勉強の機会ではないかと思い応募しました。

 大会期間中は、バンクーバー市内の競技会場としてバンクーバーカンンファレンスセンター(VCC)に、またスキー競技などが行われたウイスラーにロンドンドラッグスのブースが設置され、ボランティア薬剤師が配置されました。また、大会としても医師、看護師、フィジオセラピストといった多くのメディカルスタッフがスタンバイしました。

「大会期間中のウイスラーは連日晴天に恵まれた」
「大会期間中のウイスラーは連日晴天に恵まれた」

 会場内薬局としての機能を果たすVCC内のブースでは、あらかじめブレインストームをして、最低限必須と思われる市販薬を用意しましたが、スポーツイベントの内部で活動するのは初めてですから色々な部分が手探りです。

 大会前は、参加選手が薬を必要とする状況を中心に考えていましたが、これは非常に浅はかな考えで、このような大規模なイベントでは、海外からの選手の同伴家族やサポートスタッフ、そして現地ボランティアなど、非常に幅広く、どのような理由でも薬が必要となることが分かりました。商品の問い合わせが来るたびに商品のラインナップがアップデートされていきました。

 多くの人が集まる場所ですから、ウイルス性と思われる咳が流行れば咳止めが、同じレストランで食事をしてお腹を壊した団体にはImodiumのような下痢止めが、晴天が続いたことによる口唇ヘルペス用の塗り薬、異国での異なる食事のパターンと生活で胸焼けや便秘、痔の症状があればこれらの症状を取り除く薬を提案するといった具合です。お薬ではありませんが、生理用品が至急必要なんですがという問い合わせもありました。

 大会初日と最終日を比較すると、VCCのブースでテーブルの上に並んでいる品目数がまるで違いました。ボランティアに参加したスタッフがショートビデオを作って、VCCの様子を紹介しましたので、ぜひご覧ください。https://www.facebook.com/share/r/1EKw43RcKr/?mibextid=D5vuiz

 競技会場の医師が処方せんを発行した場合には、その情報を最寄りのロンドンドラッグスに送り、調剤して、会場に届けるというシステムを作りました。ウイスラー会場の場合は配達が難しいので、処方せんがバンクーバーの店舗に送られ、その日の夜までに薬が用意されるという形になりました。これは、基本的にウイスラーでは毎日違う競技が行われていたため、選手団がバンクーバーのホテルから日帰りしていたためです。

 すぐに薬が必要な場合には、ウイスラービレッジ内にショッパーズドラッグマートなど他の薬局もありましたから、そちらを利用して頂きました。

 私は午後から夜にかけてウイスラーのブースを担当しましたが、数件の相談を受けたのみ。皆さんが怪我や病気をすることなく、非常に安心しました。

 余談ですが、インビクタスゲームの開会式にはプリンスハリーも登場し、感動的な挨拶をして大会の始まりを告げました。また、この式典の挨拶の合間には選手を紹介するビデオが流され、大会に参加することになった経緯が紹介されましたが、参加した選手の中には、戦場での経験からPTSD(心的外傷後ストレス障害)を抱える人や、退役後にアルコール問題に直面し、それをインビクタスゲームに向けたトレーニングで克服した人がいました。そのような選手たちのストーリーがビデオで紹介される度に、心の傷の深さと、それに対するケアの難しさを強く感じました。

 また、ネリー・ファータド、ケイティ・ペリー、そしてコールドプレイのクリス・マーティンといった豪華な歌手たちが登場し、会場を盛り上げてくれました。音楽とエンターテイメントの融合で、開会式は非常に楽しく、感動的なひとときとなり、参加者全員にとって忘れられない瞬間となりました。

 今から5年前のコロナ禍で、薬剤師はエッセンシャルワーカーと呼ばれましたが、今回のインビクタスゲームでもその言葉を思い出しました。人は薬が必要で、そこに薬剤師が必須で、まだまだ自分に出来ることがあると再確認できました。これからもこのようなイベントには積極的に参加していきたいと思います。

*薬や薬局に関する一般的な質問・疑問等があれば、いつでも編集部にご連絡ください。編集部連絡先: contact@japancanadatoday.ca

佐藤厚(さとう・あつし)
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。 2008年よりLondon Drugsで薬局薬剤師。国際渡航医学会の医療職認定を取得し、トラベルクリニック担当。 糖尿病指導士。禁煙指導士。現在、UBCのFlex PharmDプログラムの学生として、学位取得に励む日々を送っている。 趣味はテニスとスキー(腰痛と要相談)

全ての「また お薬の時間ですよ」はこちらからご覧いただけます。前身の「お薬の時間ですよ」はこちらから。