「地域に根ざした薬剤師としての道」千葉あゆみさん

 皆さん、こんにちは。雪がほとんど降らない冬だなーと思っていたら、もう桜が咲き始めているではないですか。時間の流れが速すぎると感じる今日この頃です。

 さて、今回は日本人薬剤師シリーズ第二弾としてリッチモンドのTerra Nova Pharmacy(https://terranovapharmacy.ca/)に勤務する千葉あゆみさん(以下、あゆみさん)を紹介します。日系団体のセミナーで何度も講演をされているので、ご存知の方も多いと思います。

 あゆみさんが薬剤師を志したきっかけは、ご家族の影響が大きかったそうです。お祖父様とお祖母様が薬局を営んでいましたが、お祖父様は神主を兼業する薬局オーナー、お祖母様が薬剤師という異色の組み合わせだったとのこと。宮城県の片田舎で、オロナミンCを買いにきたお客さん達で井戸端会議が始まるという地域密着度の高い薬局を見ながら育ったことをお話ししてくれましたが、これは後にあゆみさんの職場選びに影響したのではないかと察します。

 その後、ご両親が薬剤師同士で結婚し、家族全員が医療の道を歩む環境で育ちました。「手に職をつけた方が良い」という家庭の方針のもと、薬学部以外の選択肢は与えられず、猛勉強して東北薬科大学(現在の東北医科薬科大学)に入学したものの、当時は半ば強制的に進路を決められたような感覚が拭えなかったそうです。一方で、お父様には小学生の頃から海外留学を勧められ、海外進出のタイミングを見計らっていたとか。

 そんなあゆみさんがカナダに来るきっかけとなったのは、友人に勧められて訪れた旅行でした。もともと海外志向があった彼女は、カナダの環境に魅了され、後にワーキングホリデーを利用して再び渡航します。この時、後に夫となるピーター氏と出会いました。ワーキングホリデーを終えて日本に帰国した後も、ピーター氏から毎日のように熱心な電話があり、その思いに応える形でカナダに戻り、一緒に暮らすことを決意しました。

 しかし、ピーター氏とのコモンローの手続きを進めていた矢先、東日本大震災が発生し、あゆみさんはご両親を亡くされました。その悲しみの中で、あゆみさんはカナダで薬剤師として生きることを決意します。

 しかし、カナダで薬剤師になる道のりは決して簡単ではありませんでした。どのような勉強をすればよいのか手探り状態の中、日本の薬剤師国家試験以上に勉強したそうです。そして筆記、実地試験ともに2回目の挑戦で見事合格。受験勉強中はレッドクロスのボランティア活動にも参加し、杖やウォーカーの貸し出し業務を通じて英語の実践力も磨き、この経験が後のカナダでの薬剤師業務に大いに役立ったと振り返ります。

 日本では薬局の管理薬剤師まで勤めた経験のあるあゆみさんですが、日本で仕事をしていた頃に比べ、カナダでは患者さんは気さくで、また医師や看護師との関係もフラットで仕事がやりやすいと感じているそうで、カナダでの薬剤師としての仕事をとても楽しんでいる様子が伺えます。

 更に、日本と比べて薬剤師の業務範囲が広く、クリニカルな面でのやりがいを感じています。「日本では調剤が中心でしたが、カナダではより直接的に患者さんの健康に関わることができます。フリーダムを感じます」と笑顔で語ります。特に、患者との対話を通じてその人に最適な治療法を提案できることに大きなやりがいを感じているとのこと。

 一方で、カナダの医療文化には独特の価値観があると感じる場面も。「例えば、性転換や、若年層のマリファナ使用の問題など、日本では考えにくいことが日常的に議論されているんです」。このような場面に直面すると、日本とカナダの価値観の違いを強く実感することもあるそうです。それでも、あゆみさんはその多様性を受け入れ、柔軟に対応しています。

 薬剤師の仕事について「特に困ったことはない」と話すあゆみさんですが、ここまでの道のりは決して平坦ではなかったことは容易に想像ができます。あゆみさんは現在勤務する薬局開設当初のオープニングスタッフで、最初はオーナーと二人で薬局を切り盛りしてきましたが、今ではスタッフが増えて、働きやすい環境が整ったとのこと。

 「私はずっと地域密着型の薬局で働いてきたので、今の薬局が自分にぴったり合っているんです」と話されているように、リッチモンドの住宅地で、地域に根差した医療を提供するTerra Nova薬局で、一人一人の患者さんに丁寧に向き合うことが、あゆみさんの薬剤師としてのスタイルに完璧にフィットしているようです。

 あゆみさんに今後のプランを聞くと、「薬局として特に新しいサービスを始める予定はありませんが、日々の薬学的管理を大切にしながら、地域のドクターやナースをはじめとする医療スタッフと連携して、患者さんやその家族を支えていけたらと思います」とのこと。ホームケアや退院後の処方調剤など、地域に欠かせない薬剤師としての役割を担うことに、大きな誇りが感じられます。   

 あゆみさんは、仕事の枠を超えて、日本人をサポートする活動にも力を入れています。メインランドクリニックでは、日本人の医療通訳を目指す人向けにレクチャーを行い、日系団体からの依頼があれば薬のついての講演もしています。また、あゆみさんの元には、日本からカナダで薬剤師になりたいと相談に来る人が後を絶ちませんが、嫌な顔ひとつせず、その都度惜しみなくアドバイスをしてきました。 

 そして、あゆみさんの趣味はピアノ演奏。2023年にピアニストの反田恭平さんがバンクーバーでコンサートを開いた際には、その演奏に大きな刺激を受け、帰宅後にずっとピアノを弾いていたそうです。 

 私は、あゆみさんと知り合って10年以上になりますが、クールな印象とは裏腹に、とても情熱的な方です。医療の現場で活躍しながら、自分らしい人生を築いている姿、そして他者への支援を惜しまない姿勢は、多くの人にとってロールモデルとなるでしょう。リタイアまではまだまだ時間があります。これからのキャリアでどんな旋律を奏でていくのか、その活躍が楽しみです!

*薬や薬局に関する一般的な質問・疑問等があれば、いつでも編集部にご連絡ください。編集部連絡先: contact@japancanadatoday.ca

佐藤厚(さとう・あつし)
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。 2008年よりLondon Drugsで薬局薬剤師。国際渡航医学会の医療職認定を取得し、トラベルクリニック担当。 糖尿病指導士。禁煙指導士。現在、UBCのFlex PharmDプログラムの学生として、学位取得に励む日々を送っている。 趣味はテニスとスキー(腰痛と要相談)

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