大塚圭一郎
カナダの新首相に、カナダとイギリスの中央銀行の総裁を歴任したマーク・カーニー氏が3月14日就任した。カナダの政治史の舞台となってきたのが、現在は大規模改修中の連邦議会議事堂だ。リドー運河を挟んで議事堂に面しているのがオタワを代表する名門ホテル「ザ・フェアモント・シャトー・ローリエ」で、この好立地にあるのには明確な理由がある。

【ザ・フェアモント・シャトー・ローリエ】1912年に開業したオタワを代表する老舗ホテル。建物は81年にカナダの歴史的建造物に指定されており、33室のスイートルームを含めて426室の客室を備えている。フランスのホテル大手、アコーの傘下企業のフェアモント・ホテルズ・アンド・リゾーツが運営している。
名称に付けられている「シャトー」はフランス語で「城」を意味し、「ローリエ」はカナダ第8代首相のウィルフリッド・ローリエ(1841~1919年)に由来する。ホテルには南アフリカでアパルトヘイト(人種隔離)撤廃闘争を率いた故ネルソン・マンデラ元大統領、映画「スター・ウォーズ」シリーズで「レイア姫」を演じたアメリカ人俳優の故キャリー・フィッシャーさん、カナダ出身の有名シンガーソングライターのブライアン・アダムスさんら多くの著名人が宿泊した。
“首都の玄関口”らしからぬ駅
「あれ、もう着いたの?」。これがVIA鉄道カナダの列車がオタワ駅に滑り込む際に、いつも抱く印象だ。というのもオタワ中心部から約5キロ離れており、“首都の玄関口”らしからぬ簡素なたたずまいだからだ。

オタワは地上駅で、線路に挟まれた島式のプラットホームが2本と、片面だけに線路があるホーム1本がある。同じオンタリオ州にあるカナダ最大都市のトロントや、東部ケベック州モントリオールとそれぞれ結ぶ列車などが発着している。

オタワ駅の脇には、オタワ・カールストン地域交通公社(OCトランスポ)が鉄道O―トレインの次世代型路面電車(LRT)路線「コンフェデレーション線」を2019年に開業。駅前にあるトランブレイ停留場で乗り込めば、1本の電車でオタワ中心部へ向かうことができる。


とはいえ、オタワ駅が移転、開業した1966年にはまるで「陸の孤島」のような僻地だった。それまでは玄関口にふさわしい中心部にあり、ここにザ・フェアモント・シャトー・ローリエが現在の場所にある理由を読み解くヒントがある。
駅と「セットとなる」のは…
ザ・フェアモント・シャトー・ローリエが開業した1912年、リドー通りを挟んだ反対側には白亜のまばゆい建造物が誕生した。グランド・トランク鉄道(現在のカナディアン・ナショナル鉄道)のオタワ中央駅だ。現在は連邦議会上院の議事堂が暫定的に入居している。

モントリオールなどの他都市を発着し、リドー運河に沿って敷かれた線路を通ってきた列車が到着すると利用者が降りてくる。その多くが向かった宿泊先こそ、トンネルをくぐった先にあるザ・フェアモント・シャトー・ローリエだった。
オタワの観光関係者は「グランド・トランク鉄道社長だったチャールズ・ヘイズは、駅とセットになるホテルとして建設した」と指摘する。
ヘイズは1912年4月26日に予定していたザ・フェアモント・シャトー・ローリエの開業祝賀会への出席を心待ちにし、出張先だったイギリスの首都ロンドンからの帰国の途に就いた。ところが、あの歴史に残る大惨事のため祝賀会出席の願いは叶わなかった。
移転に駆り立てたのは…
ヘイズが帰路に乗り込んだのが、豪華客船「タイタニック」だったのだ。タイタニックには乗客・乗員計2224人がいたが、救命ボートが足りなかったため1513人もの犠牲者が出た。ザ・フェアモント・シャトー・ローリエの従業員は「ヘイズもその1人になってしまい、開業祝賀会は先送りになった」と教えてくれた。
駅には1920年に別の鉄道も乗り入れるようになり、共同使用駅に。これに伴って駅名は「オタワ・ユニオン駅」に改称され、オタワのゲートウェイとして定着した。

だが、第2次世界大戦後の1949年11月にオタワ・ユニオン駅は大きな曲がり角を迎える。フランス人建築家のジャック・グレベール氏がまとめたオタワの美化に関する報告書で、駅を郊外へ移転することが勧告されたのだ。
カナダ政府の関連資料によると「グレベール氏の勧告には自動車の重要性が増している一方、線路は近隣地域を分断しているとの信念があった」とされ、移転案はオタワ市民の間で論議を呼んだ。紆余曲折を経てオタワ地域の開発や保全などに関わる国家首都委員会 (NCC)が1961年5月、現在地への駅移転とオタワ・ユニオン駅の閉鎖を発表した。
1966年にユニオン駅が供用を終えたのにはもう一つ理由があった。翌67年の7月1日は大英帝国自治領としてのカナダ建国から100年に当たり、100年記念式典の出席者を運ぶバスの駐車場を設けるために旧駅舎を取り壊すことが画策されていたのだ。
100年記念式典で担った役割は…
この旧ユニオン駅舎の解体案には反対意見が噴出し、抗議活動が盛り上がった。1966年7月には当時公共事業相だったジョージ・マックイレイス氏が取り壊すことを1年猶予すると決定。旧駅舎は100年記念式典では、来場者らを案内する「ビジターセンター」の役割を担った。
政府は1969年9月、建物を「政府会議センター」に改装することを発表。元々は新たな会議場を新設する予定だったが、オタワの歴史的遺産を顕彰する団体「ヘリテージ・オタワ」は「旧駅舎を改修して活用することで、政府の支出を数百万カナダドル節約できた」と効果を強調している。
確かに大勢のオタワ市民らが熱望した旧ユニオン駅舎保存を実現でき、税金を元手とする政府支出も抑えられるというまさに「渡りに船」の結果だと言えよう。

2001年にはカナダが議長国を務めた20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議の会場としても使われ、存在感を発揮した。
1989年にカナダの文化遺産に指定され、2006年には歴史登録財となった風格あふれる建物は、今やカナダ議会上院の暫定本会議場としても見事に機能している。
オタワ駅を現在地に移したのが吉と出たか凶と出たかの判断では、後者だとする意見が少なくないかもしれない。しかしながら、旧ユニオン駅舎を解体せずに保存したことが正しかったとの見方に異を唱える向きはまずあるまい。

共同通信社元ワシントン支局次長で「VIAクラブ日本支部」会員の大塚圭一郎氏が贈る、カナダにまつわる鉄道の魅力を紹介するコラム「カナダ “乗り鉄” の旅」。第1回からすべてのコラムは以下よりご覧いただけます。
「カナダ “乗り鉄” の旅」

大塚圭一郎(おおつか・けいいちろう)
共同通信社経済部次長・「VIAクラブ日本支部」会員
1973年、東京都生まれ。97年に国立東京外国語大学外国語学部フランス語学科を卒業し、社団法人(現一般社団法人)共同通信社に入社。2013~16年にニューヨーク支局特派員、20~24年にワシントン支局次長を歴任し、アメリカに通算10年間住んだ。24年9月から現職。国内外の運輸・旅行・観光分野や国際経済などの記事を多く執筆しており、VIA鉄道カナダの公式愛好家団体「VIAクラブ日本支部」会員として鉄道も積極的に利用しながらカナダ10州を全て訪れた。
優れた鉄道旅行を選ぶ賞「鉄旅(てつたび)オブザイヤー」(http://www.tetsutabi-award.net/)の審査員を2013年度から務めている。共同通信と全国の新聞でつくるニュースサイト「47NEWS(よんななニュース)」や「Yahoo!ニュース」などに掲載されている連載『鉄道なにコレ!?』と鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」(https://www.47news.jp/column/railroad_club)を執筆し、「共同通信ポッドキャスト」(https://digital.kyodonews.jp/kyodopodcast/railway.html)に出演。
本コラム「カナダ“乗り鉄”の旅」や、旅行サイト「Risvel(リスヴェル)」のコラム「“鉄分”サプリの旅」(https://www.risvel.com/column_list.php?cnid=22)も連載中。
共著書に『わたしの居場所』(現代人文社)、『平成をあるく』(柘植書房新社)などがある。東京外大の同窓会、一般社団法人東京外語会(https://www.gaigokai.or.jp/)の広報委員で元理事。