カナダ専門家に聞く「どうなるカナダ総選挙」

改修工事中のカナダ国会議事堂。オンタリオ州オタワ市。2025年4月3日。撮影 日加トゥデイ
改修工事中のカナダ国会議事堂。オンタリオ州オタワ市。2025年4月3日。撮影 日加トゥデイ

 現在連邦選挙戦真っただ中のカナダ。自由党と保守党の一騎打ちと言われる中、新民主党(NDP)、ケベック連合党、グリーン党も各地で党の主張を展開している。

 投開票が4月28日に迫るカナダ連邦下院総選挙について、カナダ政治に詳しい愛知大学法学部教授岡田健太郎氏に聞いた。

今回のカナダ総選挙をどう見ているか?

 30年近くカナダ政治を見てきたが、このような選挙を見るのは初めて。建国以来カナダにとって「アメリカ」は常に大きな存在であり続けてきたが、ここまで直接的にその存在が圧力として感じられる中での選挙は近年では珍しい。激烈な「外圧」が選挙戦とその結果に大きく影響するという状況は、最近のG7(先進7カ国)各国の選挙でも滅多にない。

 かつてピエール・トルドー首相はカナダを「アメリカという巨大なゾウの横で寝ているようなもので、寝返りやため息ですぐに目が覚めてしまう」と言った。しかし今の状況では横で寝ているというものではもはやなく、寝ていたらゾウが覆い被さってきて動けなくなり危険な状況だ。率直に言って異常な状況だし、誤解を恐れずに言えば、一国の選挙をめぐるこういう環境は本来あってはならない。有権者の判断に影響を与え過ぎる。

 外圧によって国民は団結するのは良いことのようにも思えるが、他方偏狭なナショナリズムを育て、これまでカナダが育ててきた、穏健で健全な民主主義を壊しかねない。対アメリカ政策というシングル・イシュー(単一の問題)の選挙になってしまい、他にも重要な政策がたくさんあるわけだが、それらが見えにくくなっている印象がある。

特徴や注目点はどのようなところか?

 外圧はコントロールしにくい。ましてやトランプ政権の行動は全く読めない。予測可能性がほぼゼロ。なので投票日まで何が起こり、何が影響するのか分からないというのが正直なところだ。

 現状では保守党は政治的安定性という点で疑問符がつく。トランプ大統領の再登場までは、保守党のフレッシュさを強調し、長きにわたったジャスティン・トルドー自由党政権の停滞(「安定」とも言える)を打ち破ってくれる、何か変えてくれるのかもしれないとの期待が大きかったし、保守党のポワリエブル党首も自らをポピュリスト的なイメージにもっていきトランプ大統領と重ねていた部分もあったが、それが今となっては裏目に出ているのは間違いない。

 連邦議会での党首討論の際の態度、議会の慣習や下院議長の指示をも無視するような振る舞いは、以前は古いカナダ政治に挑む若々しい、新しいイメージだったかもしれない。しかし今となってはそれらが横暴な振る舞いととられてしまっている。このような傾向は、かつての改革党の党首だったプレストン・マニング(Preston Manning)氏にもあった。野党時代は攻撃的なイメージでいいかもしれないが、そのイメージが強すぎると、今度はその刃が自分に向かってくる。今の時代の保守党にとってはなおさらだ。

 また保守党の議員には、かつてのハーバー政権での要職経験者はオンタリオ州選出のマイケル・チョン(Michael Chong)議員くらいではないか。ほとんどの議員が政権運営に慣れていない。アメリカに対峙しつつ政治的安定性を維持するには、今の保守党は不向きではないかというイメージが有権者のあいだにはそれなりにある。これまで政治経験の全くなかった人々が集まっているトランプ政権の閣僚たちの統一性のない、やりたい放題の振る舞いは、カナダの人々からすれば反面教師だし、恐怖でしかない。アルバータ州のダニエル・スミス州首相はたまりかねてトランプ大統領に選挙が終わるまでしばらく黙っていてほしいと進言したとされるが、こういうのも保守党が窮地に陥る原因だと思う。

 他方、自由党も盤石ではない。手堅い経済実務家のマーク・カーニー首相はこのような状況において政治的・経済的「安定」にとってはうってつけの逸材ではある。しかし問題はカーニー党首の登場によって、トランプ大統領がいなければ大敗が必至だった自由党と自由党的なものがただ「延命」するだけなのか、あるいは、自由党も時代の流れに応じてその立ち位置を大きく変化させるのかどうか、というところだ。

 現状では、トルドー政権の閣僚経験者がカーニー自由党の中枢を占めており、あまり変化はなさそう。今回の選挙を乗り越えて「延命」することだけが目的のようにも見える。現状、新しい斬新な政策というのは見えてこない。

 ただ、カーニー党首はその経済実務家としての並外れた能力への評価ゆえに、自由党支持者に多い高学歴層(弁護士や教員など)やLGBT政策に理解を示すリベラル層に加えて、これまで保守党を支持してきた穏健な、やや左寄りの人々の支持を得る可能性もある。政治経験のなさや、彼の朴訥とした、英語訛りのフランス語がケベック州でどのように評価されるのかといった点が不安定要素として残る。 

 忘れてはならないのが、カナダの国是である多文化主義の今後だ。アメリカと同様、移民や外国人労働者、外国人留学生への風当たりは強いままで、この点はアメリカと同じ。逆風のなかにある多文化主義がこの選挙を経てどのようになっていくのかにも注目している。

岡田健太郎(おかだ・けんたろう)

2001年東大法学部卒。同大学院、ブリティッシュコロンビア大学、トロント大学を経て2009年から2年間在バンクーバー日本国総領事館専門調査員(政務担当)。現在、愛知大学法学部教授。高校時代はバンクーバーで過ごした。昨年夏までの1年はレジャイナ大学(サスカチュワン州)に在籍した。

(記事 編集部)

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