帯状疱疹ワクチンと認知症予防

 みなさん、こんにちは。今回は、最近再び注目を集めている帯状疱疹ワクチンについてお話しします。

 帯状疱疹は、水ぼうそう(chickenpox)の原因となるウイルスが、長い年月を経て体内で再活性化することで発症します。特に50歳以上で免疫力が低下した際に起こりやすく、帯状疱疹発症後も続く神経痛は強い痛みを伴い、数年にわたって続くこともあるため、生活の質を大きく下げる原因となります。

 この帯状疱疹を予防するワクチン「シングリックス(Shingrix)」は、カナダや日本で高齢者を中心に推奨されており、「家族や友人が経験したあの帯状疱疹の痛みは避けたい」という理由で、薬局で接種を受ける方が増えています。そんな中、この帯状疱疹ワクチンが認知症予防にもつながるかもしれないという研究結果が報告され、大きな話題となっています。

 最近報道で取り上げられた米国スタンフォード大学の研究によると、イギリスのウエールズで28万人以上の高齢者を対象とした観察研究で、帯状疱疹ワクチンZostavax(Shingrix以前に使用されていたワクチン。カナダでは既に製造中止)を接種した人は、接種していない人と比べて7年間で認知症を発症するリスクが相対的に約20%低かったと報告されています。 

 2024年に医学誌『Nature Medicine』に掲載されたオックスフォード大学の研究では、米国の大規模な観察データを用いて、ZostavaxとShingrixの接種者における認知症リスクの違いを検証しました。6年間の追跡調査の結果、Shingrix接種者はZostavax接種者に比べて認知症の発症率が約17%低く、特に女性でその傾向が顕著だったと報告されています。この他にも、帯状疱疹ワクチンと認知症予防の関連を示唆する研究は複数あり、そうした蓄積を考えると、これはなかなか信頼できる話と言えるかもしれません。

 なぜ帯状疱疹の予防が認知症予防につながるかについてはいくつかの説がありますが、その一つとして、ウイルスの再活性化によって引き起こされる慢性的な神経炎症が、脳の機能低下や認知症のリスクに関係しているのではないかというもの。ワクチンによってこの再活性化を防ぐことが、間接的に脳を守る働きをしている可能性があります。また、帯状疱疹ワクチンは免疫を活性化する働きがあるため、神経保護作用があるのではないかという説もあります。

 科学の世界では、一言で「このような素晴らしい研究結果出ました」と言っても、その方法や結果をよく吟味し、またそれまでの研究と比較検討する必要があります。先のイギリスの研究では、対象者が28万人と、研究規模としてはかなりしっかりしていますが、たとえば、ワクチンを受けた人はもともと健康意識が高く、他の生活習慣も良好であった可能性があり、これが認知症予防に影響していたかもしれません。

 ただどんな研究にも制約や限界はありますから、それを正しく理解し、現時点で得られている証拠全体を総合的に評価する姿勢が医師や薬剤師には求められます。

 現場の薬局薬剤師として、シンプルに結論をお伝えするなら、認知症予防を目的とするかどうかにかかわらず、50歳以上の方にはぜひ帯状疱疹ワクチンの接種を検討していただきたいと思います。このワクチンは、帯状疱疹の予防効果が90%以上と非常に高く、重大な副作用も報告されていないことから、安全性の高いワクチンと考えられています。

 Shingrixの費用は1回あたりおよそ185ドル(薬局によって異なります)で、2〜6か月後に2回目の接種が必要となるため、合計で約400ドルかかります。決して安い金額ではありませんが、もしこれで認知症の予防効果まで期待できるとすれば、その価値は十分にあると考えます。

 実は私も、あと数年で迎える50歳の誕生日には、このワクチンを“自分へのプレゼント”にしようと密かに決めています。最近はお腹も体力も立派なオッサンの領域に突入し、妻の口ぐせは「また忘れたの?」。Shingrixに期待したくなる今日この頃です。

参考資料:

CBCニュース Shingles vaccine tied to fewer dementia diagnoses, study in Wales suggests. https://www.cbc.ca/news/health/shingles-vaccine-dementia-wales-1.7500368

Eyting, M., Xie, M., Michalik, F. et al. A natural experiment on the effect of herpes zoster vaccination on dementia. Nature (2025). https://www.nature.com/articles/s41586-025-08800-x

Taquet, M., Dercon, Q., Todd, J.A. et al. The recombinant shingles vaccine is associated with lower risk of dementia. Nat Med 30, 2777–2781 (2024). https://www.nature.com/articles/s41591-024-03201-5#citeas

*薬や薬局に関する一般的な質問・疑問等があれば、いつでも編集部にご連絡ください。編集部連絡先: contact@japancanadatoday.ca

佐藤厚(さとう・あつし)
新潟県出身。薬剤師(日本・カナダ)。 2008年よりLondon Drugsで薬局薬剤師。国際渡航医学会の医療職認定を取得し、トラベルクリニック担当。 糖尿病指導士。禁煙指導士。現在、UBCのFlex PharmDプログラムの学生として、学位取得に励む日々を送っている。 趣味はテニスとスキー(腰痛と要相談)

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