年始早々日本では、一部の都府県に緊急事態宣言が発出された。まだまだ予断を許さない情勢だが、どんなときも、商人はお客さんの心を温められるような存在でありたい。そのことを改めて思わせてくれる事例を今日は紹介しよう。ワクワク系マーケティング実践会(このコラムでお伝えしている商売の理論と実践手法を実践する企業とビジネスパーソンの会)の会員の、ある漬物製造小売業・店主からのものだ。

 それはとてもシンプルな取り組みで、お店でじゃんけんゲームをするというものだ。お客さんが同店で買い物をし会計する際、じゃんけんをする。勝った方には「勝利の証」として、そう書いたシールが貼られた小さなカップに入った生姜の漬物を、負けた方にも「勝たせていただいてありがとうございます」など理由をつけて同じ漬物――こちらはシールなしだが――をお渡しする、というものだ。

 この取り組みがコロナ禍らしいところは、大きな声を出さないところだ。普通この手のものは賑やかに行うし、じゃんけんは意外と盛り上がるので、自然と大声になる。しかし今、この店は違う。会計を済ませると、そーっと無言でA4サイズのPOPが出てくるのだ。そこに書かれている文字は「いきなりですが…、静かに、優しく、じゃんけんゲーム」。するとお客さんも静かに応じ、お互い静かにじゃんけんが始まる。こういう趣向なのだが、お客さんには大好評。勝っても負けても、お客さんは必ず笑顔になり、そのままハッピーにお帰りになるそうだ。

 このじゃんけんゲームの意図は2つある。まずは売上作りの方で、この漬物は試食してもらわなければなかなか売れない類のもの。しかし今は感染対策上、これまでのような試食方法は取れず、試食してもらえない。しかしこの方法なら確実に試食してもらえる。そうして食べてさえもらえれば買いたくなる人は多いだろうと見込んでいたが、大当たり。半年間の数字を見ると、小さいパックの方が前年比約7倍。大きなお徳用パックでも前年比約5倍の売上となった。

 もうひとつの意図は、店主の次の言葉に凝縮されている。「(このじゃんけんゲームで)お客様の心の温度も上げられたと思います」。

 コロナ禍で、ただでさえもお客さんの心も冷えている。そこに緊急事態宣言となれば、関東の方でなくても心が冷える。こんなとき、お店の大切な役割は、そういう心を温めることだと。そして、それを行うのにおおげさな仕掛けは要らず、このようなちょっとした工夫と思いだけでいい。

 どんなときも、私たち商人はお客さんの心を温められる存在でありたい。それがこのご時世、とりわけ大切なことだと思うのである。

 
小阪裕司(こさか・ゆうじ)
プロフィール 

 山口大学人文学部卒業。1992年「オラクルひと・しくみ研究所」を設立。
 
 人の「感性」と「行動」を軸としたビジネス理論と実践手法を研究・開発し、2000年からその実践企業の会「ワクワク系マーケティング実践会」を主宰。現在全都道府県(一部海外)から約1500社が参加。

 2011年工学院大学大学院博士後期課程修了、博士(情報学)取得。学術研究と現場実践を合わせ持った独⾃の活動は、多⽅⾯から⾼い評価を得ている。

  「⽇経MJ」(Nikkei Marketing Journal /⽇本経済新聞社発⾏)での540回を超える⼈気コラム『招客招福の法則』をはじめ、連載、執筆多数。著書は、新書・⽂庫化・海外出版含め39冊。

 九州⼤学客員教授、⽇本感性⼯学会理事。