~認知症と二人三脚 ~
ガーリック康子
その人は、同居していた息子から、ネグレクトの虐待を受けていました。救急搬送された先の病院で、入院に至る経緯を調べているうちに、介助・介護が必要な状況であったにもかかわらず、息子が生活の支援を怠っていたことが判明しました。息子とその兄弟とは折り合いが悪く、親の介護の協力も拒否していました。
退院後の住まいについて、医療チームのソーシャルワーカーが中心になり、息子およびその兄弟との話し合いを重ねた末、出した結論は、その人は自宅に戻らず、24時間体制の介護施設に移ることでした。息子は、自分が十分に介護をすることができると考えているものの、医療チームは、自宅に戻っても同じことの繰り返しになり、本人の身の安全を守ることはできないと判断しました。虐待の経緯があるため、介護施設に親を訪問する際は、1対1での面会は許されず、他の家族や友人などの第三者の立会いの許でのみ、面会ができることになっています。
カナダ統計局のデータ(2019年)によると、警察に届け出のあった高齢者虐待の被害者全体の3人に1人が、家族から虐待を受けています。その多くが、子供(34%)、配偶者(26%)、兄弟(12%)からの虐待です。子供といっても、実子、養子、継子または里子も含まれます。また、配偶者からの虐待は、現在も結婚が継続している場合だけでなく、別居または離婚している配偶者や、事実婚の配偶者から受ける場合も、もその範疇に入ります。兄弟では、実の兄弟の他、血の繋がらない養子、継子または里子としての兄弟、または異母・異父兄弟から虐待を受けることも含まれます。家庭内暴力と同じく、高齢者虐待の場合も、その被害者は女性の割合が高くなります(58%)。また、警察に届け出のあった高齢者虐待のうち、その多くは身体的虐待です(72%)。そのうちのおよそ3分の2(67%)は暴力による虐待、16%が、ナイフや銃などの凶器を使った虐待です。
同じく2019年の家族による高齢者虐待の被害件数は、前年比で8%増加しています。(因みに、家族以外の加害者の割合は、13%増加しています。)その被害件数は、4年連続で増加し、2015年の件数から20%増加しています。高齢者に対する家族による虐待の多くは家庭内で起こり、虐待者である家族が支配したり強制しようとする行為は、被害者である高齢者をさらに外部から孤立させてしまいます。その結果、孤独、うつ、虐待者への依存、経済的な問題を生むだけでなく、被害者の寿命も短くなるとされています。
しかし、家族による高齢者虐待は、その多くが家庭内で起きることから、外部の人による通報がない限り、被害がなかなか表沙汰になりません。被害を受けているなら警察に届ければいいじゃないか、と言うかもしれませんが、身内の人間が関わるためそう簡単にはいきません。家庭内の恥を晒したくないがために、届け出をためらうこともあるでしょう。病気や怪我で身体機能が低下していたり、寝たきりになっている場合は、被害届けを出せる状況ではありません。家族からの監視の目があり、自由に外部に連絡ができないことも考えられます。認知症など、認知機能に症状が表れる疾患のある被害者が、虐待を受けていることを訴えても、信じてもらえないかも知れません。そもそも、虐待を受けている側に虐待されているという自覚がなければ、それは届け出以前の問題です。
高齢者の人口が増えるにつれ、高齢者虐待の問題はその深刻さを増していくでしょう。
もしかすると、身近な人が虐待の被害に遭っているかもしれません。「体にあざが増えている」、「最近、体重が減っているようだ」、「連絡をしたくても家族が取り合ってくれない」など、虐待のサインを見逃さないでください。周りの人が受けている虐待被害が深刻化するのを防ぐのは、あなたかもしれません。
参照:
Statistics Canada
Section 4: Police-reported family violence against seniors in Canada, 2019
https://www150.statcan.gc.ca/n1/pub/85-002-x/2021001/article/00001/04-eng.htm